猪飼 秋夫先生

留学施設:Stanford University Lucile Packard Children’s Hospital ,Palo Alto, CA, USA

留学期間:2001 7月から2004 10月まで
実際臨床に関わっていたのは2003年7月から2004年 10月までの1年4ヶ月

留学に必要だった資格:
section 2113によるInstitutional license
上記のlicenseを得るためには日本でacademic positionであった方が良いとの事で、留学前には京都大学の助手でした。 USMLEは取っていません。
現在はregulationがかわり、USMLEが必要のようです。ご確認ください。

留学中の立場:
Research: postdoc fellow
Clinical: clinical instructor

留学施設の特徴:
Bed数 230床、CVICU 12床、病棟 22床(high care unit 4床を含む)
現在増床中との事
Stanford 年間500例程度 他に関連病院が3つあり、すべてをあわせると800例くらいになる。実際が経験出来るのはStanfordでの500例のみ

留学中の経験症例数
術者 70例程度
第一助手 200例程度
極めて稀にPAがいないと第2助手もやりました。

体験談

私の留学先は、Dr Frank HanleyとDr V. Mohan Reddyが率いるStanford大学です。ただし、実際2001年に留学するときには彼らはUCSFを拠点としており、私が留学してすぐにStanfordに移動しました。

最初に留学しようと思ったのが、1999年の冬ですから、contactを取り始めてから留学するまでに2年半かかっています。 USMLEを取っていない事も含め、全くconnectionが無い施設(少なくともそれまでDr Hanleyの所へは日本からの留学生は誰もいません)への留学ですので、STSの帰りにUSCFに見学に行き、見学しながらUSMLEを持っていないが臨床目的で留学する事が出来るのかという事を聞くところから始めました。とりあえず来れるとの事でしたので、帰国早々CVを送ったのを覚えております。この時全く英語が出来ず、 Dr Reddyに日本に帰ったらThinking in English, Speaking in English, Writing in Englishと言われました。結局最後まで出来ませんでしたが。留学の方法として、今更USMLEが取れる訳でもないと考え(実際そのとき私は37歳でしたので年齢的にも勉強するのは酷と自分で限界を感じておりました)、USMLEがなくても来れるという彼らの言葉だけを信じて(この辺りはかなり盲目的ですが)、まずはResearchでもよいから留学する事を考え、彼らに興味を持ってもらうために、彼らのresearch topicと同じ事をやろうと決めました。元々congenitalの領域でTCPS後のPAVMに非常に興味が有り、実験モデルを作りかったので、また彼らも羊でその実験を行っており、兎を用いたGlenn modelを作成しました。同年の9月までにそのモデルを作り上げ、再度彼らの主催する研究会に参加し、兎の血管造影を見せながら、interviewを受け、まずは英語のskillを磨く事も含めてresearchで留学し、その後clinicalに移行したい希望を再度伝え、来ても良いとの返事をもらいました。

再度翌年AHAの後に訪問し、最終的にOKを貰い、2001年7月からUSCFにResearch fellowとして留学をしました。今考えるとかなり無謀なギャンブルだったと思います。Dr Reddyはインド人で、彼がforeignerとして大変苦労してアメリカでpositionを得ており、その辺りの知識を持っていたという事が私の留学を可能にしたと思っていますし、彼には大変感謝しております。ただし1点大失敗は、Dr Reddyは私がH1 visaで来ると思っていたところ、research用のJ1で入国してしまったため、留学後H1に切り替えるためにtwo years roleを取り消すためにno objectionの手続きを取らなければならず、かなり苦労しました。この辺りのvisaの話はいろいろな留学体験記に書かれていますので探してください。因にStanfordでの留学の窓口は基本的にDr Reddyで、最終決定がDr Hanleyになります。

結果的に2003年7月からclinical instructorというpositionで臨床を行いました。Stanfordの研修は、resident 1名、fellow 2名(私の時は都合3名)という体制です。Residentは胸部外科の正規のresidentで、2年目が回って来ていました。彼らにはThoracic Surgery のBoardを取るための経験をさせるのが目的で、基本的にはfellowのトレーニングがPediatric Cardiac Surgery Programの主な目的になり、fellowが殆どのケースの第一助手、または執刀医という事になります。私のときは諸事情でfellowが3人おり、内2名が手術担当するローテーションを取っていました。今はICUのattendingが増えたためFellowは2名で、ずっと手術に入れるようです。手術の受け持ちはfellow間でルールを決めて、どの症例に入るか毎朝ICUの回診後決めていました。当然誰しもが良い症例に入りたいと思いますので、この辺りは微妙な人間的な関係が築かれます。

手術はDr Reddyが主に新生児担当で月、火、金に手術を行い、Dr Hanleyは水曜日のUniforcalizationと木曜日、金曜日が手術日となります。金曜日は手術室を2室使用します。Dr Hanleyは月、火は外の関連病院に手術に行きます。私の執刀数は1年4ヶ月で70例、これはcongenitalだけと考えるとそれなりの数だと思います。実際Dr Reddyはfellow trainingがlife workですので、fellowの研修の終了までにarterial switchをやらせる事を目標にしています。実際私も研修終了時に新生児のswitch, Norwood、arch repairをそれぞれ1例ずつ執刀しています。この点が北米の他の施設とは少し違う点です。実は2年目はlicenseが切れるまでの4ヶ月間無理を言って延長してもらい、多くの貴重な症例はその時期に執刀出来、有意義でした。実際日本でTOFまで自分でやっていましたので、その次のstepをattendingのhelpで出来たという事は、attending surgeonになるために大きなハードルを超える自信となりました。それらの症例を執刀するときにattending surgeonに言われる事は、“nervousになるな。おれが前にいるから大丈夫”ということです。実際危なければ手を出してきますし、見事にrecoverします。この辺りが、日本であまりお目にかかれないところでしょうか。

基本的にはVSD, TOF, Glenn, Fontan, re-PVR等がfellow症例と考えて頂ければよろしいかと思います。再手術の開胸もfellowに任せられます。外科的な技術として剥離のテクニックと運針の針の向きに関しては厳しく指導されました。またDr Hanleyと一緒にUnifocalizationの手術に入れた事により、日本で心臓外科だけをやっているとなかなか見る事が出来ない縦隔の解剖が勉強出来、3次元的な血管形成のimageの構築に大変勉強になりました。また1000g台の低体重児の開心術など外科的な限界症例を知るという経験も外科医としての大きな財産になりました。

私が実際に留学で感じた事は沢山ありますが、一つ言える事は、あちらの人も所詮同じ人間です。外科医も周りのスタッフも、言葉は違っても、考えている事は大きく変わりません。チームワークを大事にしますし、人間関係を良好に保てることが大事である事を痛感します。特に外科医以外のstaffとのやり取りでは。また個々のfellowまたresidentは非常に高い目的意識を持っていますし、苦労を厭いません。逆に苦労の多い分だけ良いattending positionが得られることが分かっているため、頑張りがいもあるようです。そのような彼らの姿勢ないしはtraining systemというのは見習わなければいけないのかと思います。

今の私は小さいながらもteamのchiefという立場ですので、これからこの立場を目指す人たちに目指したい、ないしは一緒に仕事がしたいと思ってもらえるように努力する事もきっと大切だと考えています。かの地で彼らが教えてくれたように、今は私についてくれている若い外科医に自分の技術を教えつつ、症例をやらせられるsystemを目指しております

これを読んでおられる方は、きっと次の世代を育てる外科医になられる方々だと思います。今現在留学を希望される方にはUSMLEを取らなかった私の経験はほとんど役に立たないかもしれません。ただし何がやりたいのかという目標をしっかり持って相手に伝えるという事。これはどんな時も変わりないと思います。自分がやりたい事、やりたかった事は、次に続く人もきっとやりたい、ないしはそれ以上のことがやりたいと考えているはずです。これが真理です。次の世代を育てられる外科医という、手術が上手であることのもう一つ上の外科医がそこにいるのではと私は思っています。

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研修最終日、Drs Hanley, Reddy とともに