池上博久先生

留学施設: Emory University, Atlanta, Georgia, USA

留学期間: 2008年7月~2011年6月

留学に必要だった資格: ECFMG certification, USMLE Step 3は不要

留学中の立場: Clinical fellow

留学施設の特徴: Emory Universityにおける心臓外科研修施設は、下記の6施設から構成されています。私はその内の3施設をローテーションしました。Emory Universityはグループ全体で年間約2,500~3,000件の心臓手術を行っています。

Emory University Hospital

Emory University Hospital, Midtown

VA Medical Center

Kennestone Hospital

Grady Memorial Hospital

Eglestone Children’s Hospital

留学中の経験症例数: 術者 約350例、第一助手 約350例

体験談:

2008年7月より2011年6月までの3年間、アメリカ・ジョージア州アトランタにあるEmory Universityで成人心臓外科のクリニカルフェローとして留学する機会を得ました。

私は2004年に滋賀医科大学を卒業しました。この2004年は義務化された新卒後臨床研修制度開始の初年度あたり、卒業後は母校である滋賀医科大学で2年間のスーパーローテーション方式による卒後臨床研修を受けました。心臓外科を志した私は、卒後臨床研修を終えた卒後3年目に浅井徹教授主宰の滋賀医科大学心臓血管外科に入局しました。その後、卒後3年目・4年目と心臓血管外科の基礎を滋賀医科大学で学び、卒後5年目にあたる2008年7月よりEmory Universityにおいて臨床留学を開始しました。ECFMG certificationに関しては、USMLE Step 1を大学6回生の夏に、USMLE Step2CKを日本の医師国家試験受験直後に、USMLE Step2CSを心臓血管外科への入局直前に受験しました。

Emory Universityはアメリカ南部最大の都市であるジョージア州アトランタに位置します。アトランタは1996年に開催された夏季オリンピックで一躍有名になりましたが、コカ・コーラ(缶コーヒー「Georgia」の名は、コカ・コーラ本社がジョージア州にあることに由来)、CNN、デルタ航空の本社があることでも有名で、いわゆる南部の面影はなく大きなビジネス都市として発展しています。またアトランタの国際空港はデルタ航空のハブであり、過去10年以上に渡り世界で最も利用者数が多い空港と言われているようです。アトランタは四季がはっきりとあり、緑のとても多い所です。多くの日本企業の支社がアトランタにある為、アメリカの中では比較的日本人の多い都市でもあります。Emory Universityは、1886年創設された私立の総合大学で、3000校以上あるアメリカの大学の中で常に10~25位にランクされる最難関大学の一つで、中でも医学部や法学部は有名で、医学部は全米トップ10に入るレベルの高さです。特に心臓外科・循環器内科の分野で非常に高い評価を受けています。

Emory Universityの心臓外科グループは、2カ所の主幹病院(Emory University HospitalとEmory University Hospital, Midtown)を含む計6つの病院群からなり、グループ全体で年間約2,500~3,000件の心臓外科手術を行っています。その内容は、心臓移植、VADの埋め込み、大血管手術をはじめとするすべての主要心臓外科手術に対応しています。また2008年の時点でアメリカ全体ではOff-pumpでのCABG率が約20%と言われていますが、Emory Universityでは世界で初めて3枝病変に対するOff-pump CABGを行ったDr Puskasを中心に90%以上のCABG症例がOff-pumpで行われていて、ここアメリカでは非常に特徴のある施設といえます。またここ数年は低侵襲の手術にも力を入れており、手術支援ロボットであるDaVinciを用いたRobotic CABG, 右小開胸での僧帽弁手術、約5~7cmの小正中切開で行う大動脈弁置換術/上行大動脈置換術/大動脈基部置換術、胸腔鏡を用いてのmaze手術、ハイリスクのAS症例に対する心尖部または大腿動脈アプローチでの経カテーテル的大動脈弁置換(植込み)術(TAVI)、同じくハイリスクのAS症例に対する心拍動下でのApicoaortic conduitなども積極的に行っています。

Emory Universityにおける心臓外科研修は3年間のプログラムで、正規のフェローは皆、5年間の一般外科研修+2年間のリサーチを終えた卒後7~10年目にあたります。僕のような正規フェローではないいわゆるスーパーフェローは1~3年間の研修期間となります。一般的に研修システムが良いとされるここアメリカでもほとんどの心臓外科プログラムでは研修を修了してもすぐには一人前の心臓外科医としては働けないと言われていますが、Emory Universityでは、僕らフェローに比較的多くの執刀あるいは執刀に近いチャンスが与えられる為、基本的には正規の3年間の研修プログラムの間に心臓外科医として何とか独り立ちできるレベルにまでなり、Emory University出身者はとても良い評価を受けています。

実際の日々の生活は、毎朝5時頃に起きて朝6時前に病院に到着。約15人前後のICUの患者をフェローで分担して診て指示出しをします。そして7時頃からチーフフェローと回診をして方針の最終決定を行います。手術症例の入室が朝7時半なので、急いで最終的なICUの指示出しをしたのち手術室に直行するという感じです。日中のICU・病棟管理は、麻酔科医師を中心とした心臓外科ICUチームと心臓外科PA(Physician Assistant)たちが行ってくれるので日中にフェローが病棟・ICUのケアをする必要はなく手術だけに集中できます。PAは手術の助手やバイパス手術の為のグラフト採取なども行ってくれ、人手が足りない忙しい時にはPAだけで胸骨にワイヤーをかけて閉胸をしてくれることもあります。手術が終われば術後患者が落ち着いていることを見届けてからは、当直でないかぎり基本的には家に帰ることができます。

Attendingの持ち回りによる教育レクチャーが毎週、循環器内科との合同カンファレンスも毎週、M&Mは月に2回と教育的ミーティングの機会は比較的充実していると思います。当直は月に8~10回あり、この時は夜間(週末や休日は終日)のICU・病棟管理に加えて、新しい患者の入院、他科やERからのコンサルトに対応する必要があります。上記はフェローの多い主幹病院における生活で、もう少し規模の小さい関連病院のローテーションでは少し様子が違います。それらの関連病院では、もちろんPAがいるとはいえフェローは一人になるのでやや雑用が増えます。当直も院内当直は免れるものの常に24時間週7日待機オンコール状態となります。ただし関連病院ローテーション中の症例はすべてそのフェローが執刀できるという大きなメリットがあります。休暇は、1年間に1週間×3の計3週間とることができ、それに加えて1年に1回、学会への参加も許されています。休暇はそのとる時期を皆と相談して重ならないようにだけ注意して、基本的には与えられている3週間の休暇全てを消化します。給料に関しては、病院の規定に従って正規のフェローも私たち外国人フェローも同額です。

Emory Universityでの心臓外科研修が正式に決まったのは、2008年の4月末。卒後5年目が始まろうかという時でした。その正式決定の約2ヵ月後である2008年7月1日から研修開始と告げられ、急いでビザや州の免許などの書類手続きを始めました。Emory Universityの心臓外科にはここ10年以上日本人のフェローはいなかったとのことで誰にも相談できずにインターネット等で細切れの情報を集めながら手続きの準備をしました。幸い全ての書類手続きでつまずくことなく一発で終わり、2週間遅れの7月中旬から晴れて研修を開始することができました。

渡米前は、希望していたアメリカでの心臓外科研修がいよいよ始まるということで大きな不安と共に大きな期待や喜びもありました。しかし、案の定渡米数日で膨大な量の分からないことやできないことに直面し、すぐに毎日が辛く絶望的なものへと変わりました。なんとか最初の3週間は耐えたもののやはり続けるのは厳しいと自ら思い、当時のチーフフェローにもうやめたいとこぼした事もありました。幸い人間的に大きな素晴らしいチーフフェローやAttendingをはじめとする多くの人に助けられてなんとか最初の一番辛い時期を脱し、少しずつ分からないことが分かるようになり、できないことができるようになっていきました。

手術に関しては、Emory UniversityのAttendingの先生方に非常に多くの経験をさせて頂いたと思います。研修が始まってすぐにチーフフェローからバイパスの第一助手として手術に入ってほしいから内胸動脈を採取するように言われたことがありました。渡米まで内胸動脈の採取はおろか内胸動脈に触った事さえもないような状態だったので、今まで一度もやったことがないと言いました。そうすると、それではこれから困るので今日は自分(チーフフェロー)がやるから横で見ておいてほしいと言われました。その翌日、自分も一緒に手洗いして横で見ておいてあげるからやってごらんと言われました。そしてその翌日には何かあったらすぐに呼んでくれたらいいから一人でやってごらんと言われました。それまで内胸動脈に触ったこともないような人が内胸動脈の採取を研修開始数日後に一人ですることになり、Emory Universityの教育的な姿勢にとても驚いたことを思い出します。そして渡米3ヵ月、LIMA-LADの一枝Off-pumpバイパスという今では珍しいシンプルな症例でしたが、この時初めて最初から最後まで心臓手術を執刀させて頂く機会を得、日々の苦労をしばし忘れて何か感極まるような思いをしたことが懐かしく思い出されます。その後も、他の留学経験者の体験記にあるようにAttendingと信頼関係を築くまでの時間は必ずある程度必要ですが、その信頼関係ができるのに伴って手術の執刀チャンスも少しずつ増えていったように思います。

この留学中一番大きな転機となったのは、研修開始6ヶ月後から1年半後までの約1年間をフェロー1人・Attending1人という関連病院をローテーションした時だと思います。この病院では胸部外科が自分たちだけなので、成人心臓外科だけではなく肺癌や食道癌や胸部外傷の症例も扱っていました。このローテーション直前の状態はというと、ようやく周りに支えられて最低限の仕事がなんとかできるかどうか、そしてなんとか周りと同じ当直をこなせるかどうかといった状態だったのですが、少し時期的には早いが成長するチャンスだからとEmory University心臓外科のチーフディレクターであるDr Guytonがその機会を与えて下さいました。それまで多くのフェロー・Attending・PAに良くも悪くも支えられてその仕事の一部しか見てこなかったのですが、関連病院では、入院指示・入院中の細かい指示・退院指示・術前準備・手術室の予約、手術の同意書とり、他科からのコンサルト・他科へのコンサルト・退院サマリーのディクテーション・手術記録のディクテーション・週1回の外来などなどの仕事をフェローもこなす必要がありました。日本では当たり前のことばかりですが、アメリカでは初めてのことが続き最初はとても苦労しました。しかしこの経験は、それまでアメリカの病院がどのようにまわっているのか分からなかった自分に多くのことを教えてくれました。手術に関しては、前述のようにここでは全ての症例において最初から最後まで自分が執刀させて頂く事ができました。やや小規模な関連病院だったので、1年間で心臓・その他胸部全て合わせて約230例前後の執刀数ですが、この間大きく成長できたように思います。またこの1年間で、それまであまり負うことのなかった責任を多少なりとも負うことができ、これも自分の成長につながった様に思います。

再びEmory Universityの主幹病院に戻ってからは、病棟・ICUで多少なりとも以前より働けるようになったことに合わせて、Attendingからまかされる手術の量・質ともに以前より飛躍的に伸びていった様に感じました。留学後半の1年半は、最初の1年半の間我慢して地道に蒔いた種が芽を出し少しずつ実り始め、その収穫をしているような感じがしました。もちろん研修の後半になってもまだまだ日々困ることや自分の未熟さを実感することが多々あったとはいえ、以前より少しずつ心の余裕が出てきていることが不思議に感じられました。

冷静に振り返ってみると、やはり外国で生活や仕事を続けるには非常に多くの困難や苦難が伴います。既に留学を経験された先生はそのことを感じたでしょうし、これから留学を予定されている先生はいずれその留学特有の困難や苦難を感じることになると思います。留学中はその99%が困難や苦難で占められているように感じられる時もあると思いますが、その困難や苦難の陰では必ず知らず知らずのうちに自分の中にかけがえのない素晴らしい経験が貯まっていくものだと思います。留学前に尊敬する先輩に頂いた言葉ではありますが、困難や苦難にぶつかった時には自分が苦労する為に来たんだということを思い出して、むしろ訪れてくれた困難・苦難にありがとうございますと感謝する気持ちが大事なのだと思います。Emory University留学の機会を得て多くの人と出会い、かけがえのない経験をさせて頂くことができたのは多くの奇跡が重なった結果であると思います。最後に、このような道に導いて下さった浅井教授、Dr Guyton、Dr Puskasを始め、外国での暮らしを日々支えてくれた家族に心から感謝の意を表したいと思います。


Dr Guyton(中央)とフェローたち。向かって左端が筆者。Emory University Hospitalにて。


Dr Puskasの自宅にて。手術見学に来られた浅井教授と共に。