池上博久先生

留学施設: Northwestern University, Chicago, IL, USA

留学期間: 2011年~2013年 (2年間)

留学に必要だった資格: ECFMG certification, USMLE Step 3は不要、イリノイ州のライセンス(temporary)

留学中の立場: Clinical Instructor (Advanced Fellow)

留学施設の特徴:
Northwestern Universityにおける心臓外科研修は、シカゴの町のダウンタウンにあるNorthwestern Memorial Hospitalで行われます。この他に成人心臓外科手術を行う関連病院はなくトレーニングはこのNorthwestern Memorial Hospitalでのみ行われます。小児心臓外科手術は、Northwestern Memorial Hospitalの1 block北にあるLurie Children’s Hospitalで行われています。

留学中の経験症例数: 術者 約350例、第一助手 約350例


体験談:

 2011年より2013年までの2年間、Northwestern Universityで成人心臓外科のクニカルフェローとして勤務する機会を得ました。Northwestern Universityでの実際のトレーンング内容・利点・欠点に加えてシカゴの町についても簡単に紹介したいと思います。

 Northwestern Universityは、アメリカ第3の人口を抱える大都市シカゴにある大学です。シカゴは言わずと知れた北米屈指の世界都市で、アメリカ第2の経済、金融の拠点であり、鉄道、航空、海運の拠点として発展してきました。摩天楼がそびえたつアメリカ型都市発祥ともいわれるこの町は、かつては世界一、アメリカ国内では今年2013年にNew YorkのOne World Trade Center (1 WTC)にその1位の座を明け渡すまでアメリカ最高層のビルであったWillis Tower (旧Sears Tower)を有しています。他にも世界の高層建築に多大の影響を与えた重要な高層建築物がシカゴの町には多数存在し、世界トップクラスの芸術、美術、音楽が今でもこの町に集まります。ブルースやジャズの世界でシカゴはそのメッカであり、クラシック音楽の世界では世界3大オーケストラの一つとされるシカゴ交響楽団があります。また日本人プロ野球選手の在籍により比較的日本人にとっても馴染みの深い「シカゴ・カブス」「シカゴ・ホワイトソックス」や、かつてバスケットボールの神様と言われたマイケル・ジョーダン氏が在籍した「シカゴ・ブルズ」をはじめとする6つのプロスポーツチームがシカゴを本拠地としています。一方で、1920年代に蔓延したマフィアやギャングの影響でかつては治安の悪い時期もあったシカゴの町ですが、現在は大都市の中では安全な町として知られています。シカゴの気候は、比較的雪は少ないものの冬は長く寒く、摂氏マイナス20度まで冷え込む日もあります。夏は、西海岸のようにカラッとして爽やかな夏とはいかずに少し湿度が高くじめっとしますが日本と比べるととても過ごしやすいです。夏になるとシカゴの町は多くの人で賑わい毎週末どこかで何かしらのイベントが行われます。夏は最もシカゴが活気づき美しく輝く季節と言えます。一方シカゴの春と秋は短く、冬が終わると突然夏が、夏が終わると突然冬がやってくるような印象を受けます。

 Northwestern Universityは1851年創立の私立大学で、医学部と法科大学院(ロースクール)はシカゴのダウンタウンにそのキャンパスや付属の病院群を有しています。日本ではやや知名度の低い大学かもしれませんが、全米大学ランキングで12位にランクする超名門校で、「世界大学ランキング2012-2013」では19位にランクされているようです。大学附属の病院はまさにシカゴの摩天楼の中に位置する大都会の病院で、隣接する医学部のキャンパスは全米の大学で最初の高層校舎と言われています。米国の800以上の病院を評価した2013年度US Newsの心臓外科ランキングでNorthwesternは12位にランクされておりとてもいい評価を受けています。

 いくつかの病院群からなるNorthwestern Universityの附属病院群ですが、成人心臓外科手術を行っている病院はNorthwestern Memorial Hospitalの1か所のみです。年間の成人心臓外科手術は約800~900件程で、Adult CardiacのAttending Surgeonは3~4人います。大学病院として当然、心臓移植、VADの埋め込みをはじめとするComplexな重症例を含むすべての主要心臓外科手術に対応しています。ハイブリッド手術室を使ってのステントグラフト、TAVI、ハイブリッドCABGなども行います。そして、Northwestern Universityのプログラムにおいて特筆すべきことは、心臓外科チーフのDr Patrick McCarthyの存在にあると言えます。Northwestern UniversityではDr McCarthyの手術を学べるということが他の施設では成し得ない際立った特徴であり最大の利点です。Dr McCarthyは、Mayo ClinicとStanford Universityでトレーニングを終えた後Cleveland Clinicで活躍し、2004年にNorthwestern Universityへ心臓外科チーフとして来ました。Cleveland Clinic時代は心臓移植、VADの埋め込みなども多く行っていたようですが、Northwesternに来てからは心臓移植、VADの埋め込みなどの心不全外科手術は基本的に自身では行わず、それらの治療はDr Edwin McGeeに一任しています。Dr McCarthyは、これまでに三尖弁の弁輪形成に用いるEdwards MC3 ringをはじめとする3種類の弁輪形成リングの開発をしてきたことでも有名で、現在は僧房弁形成術を中心とした弁膜症手術を得意とし非常に多くの症例をこなしています。特に僧房弁手術は多く、一週間のDr McCarthyの症例約8~10例の内半分は僧房弁手術で年間約200件の僧房弁手術を一人で行っています。まだまだアメリカ全体としては僧房弁置換術も多く行われていますが、僧房弁形成術を得意とするDr McCarthyはリウマチ性ではないRepairableな僧房弁疾患に対するRepair完遂率はほぼ100%です。Dr McCarthyの手術は噂通り他の多くの心臓外科医とは一線を画す別格の上手さがあります。定型的な手術では、毎回コピーしたかのごとく、手の動き・運針・周りへ指示する言葉が同じです。技術的な正確性や安定感・判断力に優れていて運針をやり直すということはほとんどなく難易度の高い手術でも過去の経験から落とし穴を熟知しているため最短時間で安全に手術を進めていきます。電気メスの使い方がうまく術中出血の少なさも他のAttendingとの違いです。またDr McCarthyは、第1助手・第2助手・直介看護師・人工心肺技師などの周りの人をコントロールすることが非常にうまく、これもよい心臓外科医の重要なファクターの一つだと強く認識させられました。周りへの的確な指示により、助手などの経験値にそれほど左右されずにいつも通りの環境を作る力が明らかに他の外科医と比べて高いことも特筆すべきことであると思います。手を早く動かすわけではないにも関わらず、やり直しのほぼない正確性と無駄なことを一切しない効率のよい動きにより手術時間は他の心臓外科医と比べて有意に短く、例えばAVR+大動脈基部置換(coronaryのre-implantationを含む)における大動脈遮断時間はいつも75分前後で終えていました。

 Northwestern Universityでは、5年間の一般外科研修を終えた正規のフェローに対する心臓外科研修期間は3年間です。各年1人なので計3人の正規フェローがいて、彼らは成人心臓外科に加えて、胸部外科医としていわゆる呼吸器外科分野と小児心臓外科でのローテンションも行います。また、Northwestern Universityは、近年始まったI-6と呼ばれる一般外科と胸部外科の合わさった6年間の一貫プログラムも持っているので2011年度よりI-6のレジデントも各年1人いてたまに短期間だけ成人心臓外科へもローテーションしてきます。私のような正規フェローではないAdvanced Fellowは本人の希望及びAttending doctorたちからの評価により1~2年間の研修期間となります。

 実際の日々の生活は、その年度のチーフフェローの方針によって回診開始時間やその内容に違いはあるものの、大体毎朝5時頃に起きて朝5時45分に病院到着。フェローは通常病院から歩いて通える範囲に住んでいる為、皆徒歩で通います。約12人前後の心臓外科ICUの患者をフェロー皆で回診。その後6時40分頃から心臓外科Nurse Practitioner (NP)と麻酔科から構成されるCritical Care Teamと薬剤師との合同カンファレンスを行いその日のICU患者の治療方針を決めます。手術症例の手術室入室は朝7時なので、自分の担当症例が1例目の場合はカンファレンスの後すぐに手術室へサインインをしに行きます。日中のICU・病棟管理は、手の空いているフェローと心臓外科NPで行い、Critical Care Teamは中心静脈ラインや動脈ラインの確保や人工呼吸器の管理をしてくれます。Physician Assistant (PA)は、手術の第1助手や第2助手を主な仕事とし、その他に新しい術前の紹介患者も診ます。手術は、手術直前に電話でAttendingと手術方針の最終確認をします。基本的には開胸をしてカニュレーションをして人工心肺を回し始める直前までPAを前立に行いAttendingの手洗いを待ちます。その後は、フェローの経験量や症例の難易度に応じてそのまま執刀を続けられることもあれば、第1助手にまわることもあるといった感じになります。私が以前に心臓外科研修を行ったEmory Universityではチーフフェローのみに心臓移植やVADのトレーニング機会が与えられていましたが、NorthwesternではAdvanced fellowにもそれらを学ぶ機会が与えられます。皆の手術が終わり、自分担当の術後患者が落ち着いていることを見届けてからは、当直でないかぎり基本的には家に帰ることができます。教育的カンファレンスは毎週金曜日の朝に行われ、この時にはフェローが持ち回りで決められたテーマについてのスライドを作り発表をします。M&Mなどもこの金曜日のカンファレンスの時間を使って行います。当直は月に約5~6回あり、この時は夜間(週末や休日は終日)のICU・病棟管理に加えて、新しい患者の入院、他科やERからのコンサルトに対応する必要があります。休暇は、1年間に1週間×3の計3週間は保証されています。それに加えて1年に1回、学会への参加も許されています。休暇はそのとる時期を皆と相談して重ならないようにだけ注意して、基本的には与えられている3週間の休暇は必ず消化します。またNorthwesternのプログラムは、臨床に加えて研究活動にも積極的に関わることを勧めていて毎年その年度末にAlumni Dayとよばれるフェローの卒業式も兼ねた研究発表の場があります。正規フェロー・Advancedフェロー共にそれぞれがテーマを決めて取り組んだ研究活動(基本的に臨床研究だが、希望すれば基礎的なことも可能)をその場で発表します。

 Northwesternの心臓外科のプログラムの特徴は前述したようにDr McCarthyの手術を学べることです。開胸・閉胸・人工心肺のセットアップ・内経動脈採取などの基本操作に問題がなければ、徐々にDr McCarthyの直接指導下に弁膜症外科をHands ?onで学ぶ機会が増えてきますし、CABGがあまり好きではないDr McCarthyはほぼ毎回CABGの吻合はやらせてもらえます(たまにDr McCarthy自らCABGの吻合をする時もありますが、やはり他のAttendingよりもかなりうまいです。)。Dr McCarthy以外のAttendingは、そのAttending次第で毎回のように執刀チャンスを与えてくれるようになるAttendingもいればいつまでたっても執刀チャンスを与えてくれないAttendingもいます。逆に、心臓外科の基本的操作に不安があるとNorthwesternのプログラムはそのような人に厳しい印象があります。ある程度経験がありできるフェローには更に執刀の機会を与えてどんどんやらせる、一方で経験が少なかったりあまり器用に手術をできないと正規フェロー・Advancedフェローにかかわらずその人達に教育をするということをあまりせずにますます執刀の機会を減らしていくという悪い習慣があるように感じます。私自身は幸い以前トレーニングの機会を得たEmory Universityでの経験がいくらかあった為、Northwesternでのトレーニングが進むにつれて徐々に執刀の機会も増えていきましたが、器用に手術をこなせなかったり経験が少ないフェローは、私が在籍していた間にも正規フェローの1人が辞め、Advancedフェローも1人解雇されていました。今後Northwesternでの研修を検討される方は、日本ででもアメリカででもどちらでもいいのである程度の経験を有している方がスムーズにトレーニングに入れると思います。また、どれだけ経験のあるフェローでも最初からどんどん執刀をするという事はあまり期待できないと思います。多くのプログラムに共通するようにこの辺りは徐々にNorthwesternのスタイルに慣れて、Attendingとの信頼関係が築けてからということになります。繰り返しになりますが、アメリカのトップ心臓外科医の1人、Dr McCarthyの手術を学ぶことは大いに価値のあることだと思います。

 最後になりますが、Northwestern University留学の機会を得て多くの人と出会い、かけがえのない経験をさせて頂くことができたのは多くの奇跡が重なった結果であると思います。そして、このような道に導いて下さった滋賀医科大学心臓外科の浅井教授、Emory Universityの先生方、Northwestern Universityの先生方を始め、外国での暮らしを日々支えてくれた家族に心から感謝の意を表したいと思います。


Dr McCarthy(左)との手術風景。Northwestern Memorial Hospitalにて。


閉胸中。PA(Physician Assistant)、直介看護師、外回り看護師たちと。