西 宏之先生

留学施設:
2004年10月―2006年5月  The Alfred Hospital, Melbourne, Australia
2006年2月―2007年11月  The Prince Charles Hospital, Brisbane, Australia

留学期間:2004年10月から2007年11月

留学に必要だった資格:IELTS

留学中の立場:Cardiothoracic Surgical Fellow, Cardiothoracic Surgical Registra

留学施設の特徴:下記参照

留学中の経験症例数:下記参照
術者 下記参照
第一助手 下記参照

体験記:

オーストラリアでの3年1ヶ月の留学生活を終えて、日本に帰国し、改めて日本の医療とオーストラリアの医療との違い、双方の長所や短所について次第に明らかにすることができるようになりました。現在の日本の医療制度の問題点が報じられるときにとかく比較対象にあげられるのがアメリカの医療であり、もしかすると、アメリカの医療システムが日本以外で全て採用されていると思っている人も多いのではないかと言う感じさえします。そこで、実際にオーストラリアの医療制度の中で働き、生活することによって、医療従事者、患者の立場からいろんなことを経験し、垣間見た自分の経験をご報告させていただきます。

1 オーストラリア医療システムについて。

人口が約2100万人のオーストラリアにおいて公的病院で心臓手術を行っている病院は約20施設です。それにいくつかのプライベート病院が加わると、だいたい30-40の心臓外科の施設いったところでしょうか。その中で心移植ができるセンターは4カ所しかなく、そういった施設数はうまくコントロールされています。だいたい一施設あたり200-1800例の症例があり、平均的には500例くらいの年間症例数です。基本的には各州の州都にしか心臓外科の施設はなく、心臓の手術が受けられない僻地もあちこちに存在するわけで、そういった地域からの搬送システムもきちんと確立されています。施設の集約と人口分布を考えた適切な配置、それを補う輸送ネットワークが人口は日本より少ないが、国土が何倍も大きいオーストラリアできちんと確立されています。
また、心臓外科の専門医(現地ではコンサルタントと呼ぶ)はだいたい100人くらいです。それでも最近は若手が増えてきているようで、少しずつ増えている傾向にあるようで最終的には100-150人のコンサルタントになると思われます。一人のコンサルタントが年間200例くらいは執刀できるようになっている割合で、中には500例以上こなす人もいました。専門医の数もしっかりとコントロールされています。

保険システムに関しては、オーストラリアには日本と同じ国民皆保険の制度があります。しかも、日本と違うのは公的機関で医療を受ける限りは患者側が費用を負担する必要はいっさいありません。その一方で民間会社によるプライベート保険も併存しています。一般的には富裕層のみが加入しているようですが、この保険を持っていると、プライベート病院に行き、更に専門医を指名できるようになっています。公的保険では、無料であるが医者は指名できず、プライベートの保険になると自分で医者や病院を選ぶことができ、質の高いサービスが受けられるようになるというわけです。また、医者側にとっては指名されると保険点数分の手術料が直接自分の手に入るようになっています。つまりプライベート保険の患者の数と自分の収入が比例関係になっているのです。従って、自分の評判があがり、成績もよくなると、プライベート保険の患者も増えていき、報酬アップにつながり、外科医のモチベーションも高まるようになっています。

2 オーストラリア臨床留学の実際

まず最初に必要なのは、現地でのポジションを得ることです。以前は試験なしで大丈夫だったのですが、2005年末からIELTSという英語の試験で平均7.0以上のスコアを得ることが必要となり、2008年からはオーストラリアの外国人向けのAMCという医師国家試験(内科、外科、小児科、産婦人科、精神科)も必要条件となるようです。心臓外科のポジションは基本的には個人的にapplication letterを推薦状とともに送り、インタビューを受けてから採用が決定されるという流れになります。各施設の場所、ボスの連絡先などを調べてアプローチすることになります。
実際のポジションは様々ですが、英語がしゃべれるなら現地のレジストラと同じポジションを要求するべきですし、基本的にはそのポジションになります。だいたい給料はオーストラリアドルで7万ドルから10万ドル強でそれに加えて、超過勤務手当がつくかどうかとなっています。5週間の有給休暇がついての給料なのでまずまずでしょう。

実際にポジションを得たあとは概ね次のように進んでいきます。まずは、CABGにおけるグラフト採取(特にSVGやradial artery)から始まります。ここで求められるのは、早さと確実性です。普通のCABGが3時間弱で終わるオーストラリアでは、まずは早くグラフトを採取しないと次のステップには進めません。こちらのコンサルタント達はまずその手際を見て、各個人の力量を判断しているようです。次は、ひたすら第一助手をして、コンサルタントのやり方を覚えることです。だいたい年に200-300例の手術に携わります。ここでは第二助手は基本的にいませんので、各個人の力量がそのまま各コンサルタントが気持ちよく手術ができるかを左右するため、非常に重要です。ここで問題になるのは、各コンサルタントにより細かなやり方が違うことと、言葉でもいろいろとやりとりをしなければいけないことです。ここで、英語力なども試されます。

次は、開胸や閉胸、pump onやoffなどを任されるのですが、ここでは基本的に一人で看護師相手にやることを求められます。日本とのギャップにやや戸惑いましたが、意外とできるもので勉強になりました。こういったことを重ねるとある日、吻合や一番重要な部分をやってみろと言われるチャンスがきます。ここでは、コンサルタントが第一助手になって、手術を完投できるようになります。

日本だとだいたいここで終わりだと思うのですが、オーストラリアでは最後のステップがあります。それは、自分だけでコンサルタントなしで手術を完投することです。これにはまず、手伝ってくれる同僚を探さなければいけません。患者も然りです。患者への術前術後の説明はもちろん、コンサルタントの許可のもと全てを自分でオーガナイズしなければいけないのです。麻酔科や臨床工学技師とのコンタクト、直接介助のナースとの打ち合わせも必要です。一例目はさすがに緊張しましたが、一度うまくいくと周りからも信頼が得られ、やりやすくなります。ここでは、その立場になったものしかわからない独特の緊張感があり、そういう経験を異国の地でできることは非常にプラスになります。

以上のうちどの段階まで到達するかは、個々のケースによって異なり、各施設やタイミング、研修期間の長さに左右されるので、各個人の実力次第といったところでしょうか。
また、気になる症例数ですが、そのときのタイミングで変わってきます。というのは、基本的には長くいればいるほど有利で、同僚の中で自分の技量が一番上の状態だとチャンスも増えてきます。また、正規のトレーニーがいない施設も有利になります。こういった情報はリアルタイムで変化するので、自分が実際に行く場合は直前の情報を仕入れる必要があります。だいたい2-3年で50-200例くらいだと思います。もちろん運が悪いと0ということもあります。症例の内容としてはCABGの単純なものがほとんどで、そのまま日本の複雑な症例に対応できるかというと疑問がありますが、日本でなかなか経験できないconventional CABGをhigh volumeで経験ができるのは、ひとつの有利な点であると思います。

ただ、気をつけなければいけない点があります。実際に日本に帰ってきて働き始めると、色々と日豪の医療の差について気がつく点があります。まず、心臓外科の領域では対象疾患の重症度が違います。日本のほうがより重症例の比率が多く(これには内科の問題もありそうですが)、かつオーストラリアより同等以上の成績を求められます。従って、留学で得た知識、技術を日本流にアレンジしながら、生かしていく必要性があると思います。また、日本に比較的多い、重症の弁膜症や動脈瘤の症例などは向こうでは稀な貴重な症例となっており、そういった疾患に対するストラテジーは日本のほうが優れていると感じました。こういった領域に関しては、もっと日本から系統的に情報を世界に向けて発信していくことも、重要だと気づきました。これからは日本の良さを認識しつつ、日本のシステムに合うように、留学の中で得たことで良いことは積極的に還元することが大事だと思われます。

3 オーストラリアのトレーニングシステム

日本との最大の違いはコンサルタントになれる人を最初から制限している点です。このプログラムは原則4年で各学年に5-6人、合計すると20-30人しかいないエリート集団です。このプログラムにいることは、基本的にはコンサルタントになるべきトレーニングが受けられることを保証されているわけであり、しっかりとした経験すべき症例数が明記され、この数も日本のものと比べると比較にならないほどのたくさんの症例が必要になってきます。1年目には素人同然だった人が卒業する頃には一人前になっていきます。日本のシステムについて考えさせられる一面です。

上記のトレーニングではたくさんの症例数を経験するようになっていますが、これをこなしたからといってコンサルタントになれるわけではありません。もちろん、中には手術があまり上手ではなく、症例をあててもらえなかったり、コンサルタントに技量的にはまだ足りないと思われると、留年があったりして、最終の専門医試験が受けられないこともあり、留年する人も多いと言われています。その最終の専門医試験もかなりの難関と言われています。試験内容が日本のそれと比べると非常にボリュームも多く、その中身もタフな内容になっています。30ページにもわたって回答する筆記試験。2日に及ぶコンサルタント外科医による面接。内容は心臓胸部外科全般に加え、病理の知識も要求されます。こういった一連のしっかりしたトレーニングシステムが日本にも必要と痛感させられます。

4 オーストラリア留学のメリット

日本に帰国して、アメリカやヨーロッパに留学した人の話を聞いて、オーストラリア留学のメリットを考えてみると、次の2つの点にまとめられると思います。
一つ目は留学のための条件です。ご存じのようにアメリカでの臨床留学はECFMGという大きな壁があります。英語だけでも忙しい日本の若手心臓外科医には大変なのに本格的な試験となるとかなりのハードルです。オーストラリアにもAMCという試験がありますが、これはECFMGの臨床の一部といった感じで、幾分取りつきやすいです。それでも英語と一からの内科や外科の勉強は大きい負担ですが、挑戦しやすいものであるでしょう。自分が受けたいトレーニングのレベル、英語の上達を考えた上でひとつの選択肢としては考えてもいいと思います。

二つ目は、そのQOLの高さです。物価もそれほど日本と比べて高いわけではないので、レジストラのポジションさえ得られたら給料も十分です。しかも、アメリカのように朝早くから夜遅くまで働かされることはなく、年の有給も5週間あります。独身で仕事のみが目的の留学には合いませんが、家族と一緒の留学という意味では非常に大きなメリットがあると思います。色んな国の人の話を総合すると、働く時間では日本>アメリカ>ヨーロッパ>オーストラリアのようです。実際、オーストラリアが外国人医師を募集する際のスローガンは高いQOLとなっています。我々一家もその恩恵を受けることができました。そういった家族との時間もある意味留学で得られたことかもしれません。

留学によって得られたことは他にもたくさんありました。まずは、色々な人との出会いです。各施設のコンサルタントや様々なスタッフをはじめとして、世界中から集まってきた色んな国のトレーニーと色々とお互いの国のことなど語り合ったりして、理解を深めることができました。時には競争し、協力しながら、お互い頑張っていると、色々なことが見えてきます。こういった関係のなかでグローバルな考え方を身につけることが、これからは重要になってくると感じました。また、現地の仕事の仲間でなく、家族やプライベートを通しての交流も視野を広める上で大変貴重な経験となりました。こういった異文化コミュニケーションは我々一家にとってはかけがいのない貴重な体験であり、いわゆる「留学すると視野が広がる」というのはこういうことなのかと実感できました。実際に異国で違うシステムのもと暮らしていると、日本という国の良い面や悪い面が良く見えてきます。このような感覚も実際に経験してみないとわからないのですが、やはり留学の醍醐味と言えると思います。

5 留学後の進路

留学を語られる時にあまり話題になりませんが、実は重要な問題が帰国をするならどのタイミングか?または、このまま外国に残るのか?という点です。たくさんの医師が留学後に帰国していますが、そのタイミングは様々です。早すぎる人もいればやや遅めに帰ってくる人もいます。どのタイミングが適切なのかは人それぞれですが、実際に体験するとその気持ちが良くわかりました。自分の目標、家族や自分のライフプランとの関係、自分の置かれている状況、システムなどです。留学する際にはその後のプランもしっかりと決めておくことがこれからは大事になってくると思われます。
個人的には世界中にいるインドやアラブ、中国出身の心臓外科医たちのように日本人もこれからの仕事場を日本にだけ求めるのではなく、世界中に散らばって大きな一大勢力を築くようになっていくのが理想的ではないかと考えています。

以上長々とした話になってしまいましたが、私がオーストラリア臨床留学で感じたこと、日本に実際帰ってきて感じたことから、これからの若手の心臓血管外科医のみなさんに少しでも参考になることを少しでも多くお伝えできたらと思っております。詳細をお聞きになりたい方はいつでも質問していただければお答えしますので、いつでもご連絡ください。

The Alfred Hospitalの仲間達

 

The Alfred Hospitalの外観

 

The Prince Charles Hospitalの仲間達