clinical

高山博夫先生

留学施設:University of Washington, Seattle, USA

留学期間:2003年7月から2007年6月

留学に必要だった資格:ECFMG certification

留学中の立場:resident

留学施設の特徴:一般外科ではUniversity of Washington 600床, Harborview Medical Center 600床、VA病院 400床の3施設をローテーションする。心臓外科はUniversity of Washingtonで年間400-500例、VAで100例、小児病院で300-400例の症例数を有する。

留学中の経験症例数:以下は一般外科での実績
術者 1000例程度
第一助手 100例程度

体験記:
様々な米国の心臓外科を見学して回った後、留学するなら正規レジデントとして留学したいという考えを持ちました。胸部外科で正規レジデントとなるためには、2002年当時は一般外科のプログラムを修了することが必須条件となっていました。現在は、6年間の一般外科、胸部外科合併プログラムが許可され、まだ少数ですが、この制度が採用されつつあります。2002年の初夏、全米250の一般外科プログラムにレジデントとして採用してほしいとの懇願書を出したところ、シアトルからpreliminary programとしてなら採用してもよいという返事を貰いました。7年間の日本での一般外科及び胸部外科研修後、2003年6月よりpreliminary residentとして研修を開始、半年後にcategorical(正規)に格上げしてもらい、2007年に一般外科の研修を修了しました。なお、研修開始時に、2年目のレジデントが突然転職したため、日本での7年間の実績に基づき、1年目(インターン)を飛ばして、2年目から研修を開始させてもらうことができました。これには、American College of Surgeryから正式に許可を貰うことが必要でした。

以下の記事では、1.アメリカで一般外科レジデントを目指すに当たっての方法、2.胸部外科レジデンシーインタビュー体験記、3.University of Washington心臓外科、の3点に関して述べます。

なお、この体験記の内容の殆どは、僕のブログに記載されています。
http://blogs.yahoo.co.jp/hirofu222

 

アメリカで一般外科レジデントを目指すに当たっての方法

アメリカで臨床研修することの是非はともかく、アメリカで外科レジデントになるには2ルートあります。なお、両ルートとも、ECFMGを保有していることが前提です。

1.正規ルート:ERASを通しての申し込み。書類選考、面接選考を経て、採用される道。ほとんどのアメリカ国内医学部卒業生がこの方法を取ります。
http://www.aamc.org/students/eras/start.htm

2.裏ルート:program directorに直接直談判し、裏から入れてもらう。僕はこの方法を取りました。

公正な選考を期すため、1以外の方法は原則として違法となっています。実際、採用される正規レジデント(categorical residentと呼ばれる)のほぼ100%が1による採用です。この方式は外科だけでなく全分野にて行われています。

2で採用されるレジデントはpreliminary residentと呼ばれ、仮採用の形です。最初の2年間はcategorical residentと同等に扱われますが、3年目以降は保証されておらず、働きが悪かったり、residencyの空きがない場合は、「くび」になる危険性があります。categorical residentに持ち上げてもらえるかどうかが運命の分かれ目になります。

僕のような外国医学部卒業生にとって1による選考を勝ち抜くことはほとんど不可能であると考え、僕は2に応募、その後categorical residentとなりました。

正規レジデントは、特に大きな問題を起こさない限り、5年間の研修修了を保障されています。非正規レジデントは1または2年間の研修中は身分が保証されますが、その後は新たなスポットを探さねばなりません。整形外科、形成外科、耳鼻科など多くの外科系に採用されたレジデントは最初の数年をこの立場で研修し、もともと採用された各科にその後戻ります。また、正規レジデントのポジションを取れなかった者もこの立場で研修を開始し、研修中に希望科の正規レジデントになれるよう努力します。この後者の立場のレジデントの希望科は、一般外科は勿論、前述の各外科系科や放射線科、麻酔科など、多岐に亘ります。

僕も非正規レジデントとして研修を開始しました。この状態は、研修修了の見通しのみならず、精神的にも不安・不安定で、かなり厳しいものでした。幸いプログラム内に空きが出て、無事、正規レジデントとなることが出来ました。努力は当然、運にも大きく左右されることを実感しました。

さて、われわれ外国人医師がアメリカで外科研修する場合、昨今の激しい競争下では、良いプログラムで正規レジデントになることはかなり困難で、非正規から始めざるを得ないことが多いと思われます。この場合、最も気になるのは、1から2年後の非正規研修終了後、どの程度の割合で、正規レジデントの立場を確保できるのか、ということだと思います。僕の所属したUniversity of Washingtonでのここ数年の実績は下記の通りです。

2004年 非正規レジデント 4名
外科正規レジデントになったもの 2名(共にUW)
麻酔科 1名
研究へ 1名
2005年 非正規レジデント 6名
外科正規レジデントになったもの 4名(U of Wisconsin, Mayo Clinic, West Virginia U, unknown)
麻酔科 1名
不明 1名
2006年 非正規レジデント 5名
外科正規レジデントになったもの 5名(UW 3, U of Nebraska, Albany 1)
2004年 非正規レジデント 6名
外科正規レジデントになったもの 3名(UW 2, Albany 1)
麻酔科 2名
未定 1名


67%が外科正規レジデントのポジションを確保、その内半分は所属プログラムに採用されているという状況です。この数字をどう見るかは主観的な問題となりますが、実際に体験することのストレスは言葉では言い表せぬものがあります。どうしても一般外科を修了する必要がある場合を除き、気軽にお勧めできるコースではありません。

 

2.胸部外科レジデンシーインタビュー体験記

胸部外科レジデンシーの選考過程は、以下のような長丁場です。

1月 書類(1)提出
2-5月 書類選考(2)の上、interview召集(3)
更なる選考(4)
6月15日 結果発表(5)

(1)用意する書類は、以下の通り。

医学部時代の成績表
医学部長からの評価の手紙(dean's letter)
USMLE(米国医師国家試験)の点数
推薦状4通
ABSITE score(一般外科研修中の年1回の筆記試験点数)
自己紹介文
履歴書。

これらをERAS(Erectoric Residency Application System)と呼ばれるweb siteにuploadします。
ERASの採用前からこれらの書類による選考は広く行われていた米国では、学生達は、これらの書類内容が良くなるよう、頑張ります。つまり、評価されていることを意識することが学生の学習性を向上させているということです。渡米後、米国の医学部生の成熟度に驚かされましたが、こういうところにも強い動機付けがあるのではないでしょうか。日本で、他からの評価を気にせず学生時代を過ごした僕は、医学部成績表、USMLEの点数は目も当てられないものでした。医学部長からの手紙は、以前書いたこともありますが、昨年末自分で作成し今の医学部長にサインを貰う形にしたので、ましなものですみました。推薦状は、ワシントン大学の外科部長、胸部外科部長、胸部外科教授、外科program directorから、非常に良い内容のものを頂きました。ABSITEでは、結構良い成績を残せていました。自己紹介文は、友人とprogram directorの協力を得て、作成。履歴書は主にこれまでの業績が大切になりますが、基礎研究をしていない僕はやや弱め。臨床研究の論文が数本あることが救いでした。

(2)上記書類提出後、自分の希望するprogramを選びます。ERASのwebsiteでクリックするだけ。一箇所10ドルで選択可能。僕は全米の17箇所に応募しました。

Stanford University
UCLA Medical Center
University of California (San Francisco)
University of Southern California
Emory University
Brigham and Women's Hospital
University of Michigan
Mayo School of Graduate Medical Education
Washington University
New York Presbyterian Hospital (Columbia Campus)
Oregon Health & Science University
University of Pennsylvania
Baylor College of Medicine
Texas Heart Institute
University of Utah
University of Virginia
University of Washington

(3)書類選考の上、interviewに呼ばれます。書類選考は足切りのようなもので、1つのpositionに10人くらいの応募者を呼ぶようです。

(4)書類およびinterviewの結果に基づいて応募者側、program側がそれぞれ希望相手の順位付けをします。順位の高いもの同士から合わせていく形でマッチングが行われます。


応募者1(programの順位付け a, b, c)
応募者2(a, c, b)
応募者3(a, c, b)

program a(応募者の順位付け 1, 2, 3)
program b (1, 3, 2)
program c (3, 1, 2)

マッチングの結果 a-1, b-2, c-3

人気のある良いprogramから優れた応募者を採っていけるという制度で、それに応募者の意見が加味されているものです。

(5)上記の順位付け、結果決定は第3者機関であるThe National Resident Matching Program (NRMP) を通して行われ、6月15日に発表となります。実際は、書類とinterviewの他、電話による勧誘や推薦、また、4月末の胸部外科学会でのprogram director会議での話し合いが大きく関与してくるとの噂です。

実際のインタビュー

University of Virginia
University of VirginiaはVirginia州のCharlottesvilleというところにあり、独立宣言を作成した第3代大統領Thomas Jeffersonが設計・設立した由緒正しい大学です。Charlottesvilleは「超」のつく田舎町で、大学以外は何もない、以前行ったことのあるMayo ClinicのあるRochesterより小さい町(村?)でした。その分、静かで、研修に没頭するには良いところかもしれませんが。ただ、この情報社会でもさすがに情報が遅れるんじゃないの、と懸念するくらいの田舎でした。
病院は新しくきれいで、胸部外科はその中でも大きな地位を占めているようでした。例えば胸部外科のチーフは外科のチーフを兼ねており、手術室には胸部外科の患者さん専用の導入室(麻酔の導入に使われる)がありました。心臓外科手術件数は年間850例程度(小児200例程度)で、この逆境の中、増加傾向との事。大人症例は、50%がバイパス、30%が弁(M弁は殆どが形成)、20%が大動脈、更に移植など、といった内訳。これに、年850例の呼吸器外科症例が加わります。大動脈外科領域で、ステントを併用する面白い手術を取り入れている他は、目新しさはあまりありません。バイパスは殆どがオンポンプ。
レジデンシーは2年間で、各年2人。呼吸器外科6ヶ月、小児6ヶ月、大人12ヶ月。最近のレジデントの経験症例数は、心臓350-500例、呼吸器300例。レジデントには大きな自由度がある(つまり、術中アテンディングが手洗いしない時間が結構ある、術後管理は殆ど任されている、など)ようでした。レジデントは基本的に毎日手術室で忙しく過ごし、疲れて帰宅、あまり学術的な活動はしない、という印象でした。
人生で初めてのinterviewで、結構緊張して望みました。友人に貰った虎の巻や、知り合いのresidentに借りた「residentになるために」という分厚い本の一部を斜め読みなどして下準備しました。その本には、ネクタイは青か赤(!?)のストライプのもの、とか、コーヒーを飲んだ後は匂い消しを忘れずに、などの記述があり、アメリカの新たな一面を見たような気がしました。(匂い消しは準備し忘れました)。本番前日はinformal dinnerがあり、外科医やresident達と打ち解けて会話。その際に、他の応募者とも親しくなり、情報交換をして有意義な時間を過ごしました。翌日は、朝7時に集合し、1時間のオリエンテーション後、3人の外科医と面接。恐れていたような自分の裏の裏まで問い詰められるようなものではなく、雑談をしてるうちに時間が過ぎました。人柄を見ているだけなのか、はたまた自分にはあまり興味がないのか、反って不安になるほどあっけないものでした。そのあと、病院内見学をして2時ころ終了。
このprogramについては良い噂を聞いていましたが、実際、全体の雰囲気が非常に良く、症例数も豊富で、一人前になって卒業できる制度になっているようでした。

Oregon Health Science University
インタビューの2箇所目。
オレゴン州のポートランドにあるOregon Health Science Universty (OHSU)に行ってきました。プログラム自体は無名に近いのですが、シアトルから近いこと(車で3時間)、UWの先生に勧められたことにより、面接を受けることにしました。
ポートランドはシアトルより一回り小さ目のとよく似た都市で、中心に川が流れている美しい街です。前回のシャーロッツビルとは大違いです。OHSU hospitalはそれを見下ろす小高い丘の上に位置しており、新しい病棟からの眺めは絶景です。
プログラムは、OHSU病院、VA病院、小児病院での研修からなりますが、すべてこの一箇所に集まっています。最近胸部外科のチーフがDr. Ungerleiderに変わって、科のゴールや雰囲気が大きく変わったとのことでした。Dr. Ungerleiderは小児心臓外科医で、ずっとDukeに属し、2001年に請われてチーフとしてやってきました。その当時、プログラムは、その質の悪さから閉鎖の危機に追い込まれていたのですが、見事に建て直し、最近の施設試験(RRC(Residency Review Committee)と呼ばれる第3者機関)にも合格したばかりか、最高の称号をもらったとのこと。実際、TSDA(胸部外科プログラムディレクターの会)で、よいプログラムを作るための講演などしているそうです。彼の掲げる科としてのゴールはずばり「教育」です。その方針は、徹底されているようで、レジデント、外科医の誰と話してもそのことを熱心に語ってくれました。彼自身は、真のgentlemanで、そのおおらかな統率の元、各医師が自由な雰囲気で活躍している様子でした。また、生まれ変わったプログラムらしく、若い外科医が大半でした。
プログラムは2年間で、年1人のレジデントしか採りません。年間症例数は、大人の開心術が450例程度(coronary 60%, valve 20%)、小児が250例程度、呼吸器・食道が250例程度とのこと。肺移植以外は全分野に渡る症例をこなしているようでした。ただし、大動脈やVADなどの応用症例はやや少なく、また、真新しいことはあまりやっていない(特に大人症例)で印象を受けました。レジデントはよほどの複雑症例以外は術者として執刀し、今のチーフレジデントは250例程度の開心術を18ヶ月の間に経験したとのこと。特筆すべきは、小児症例を実際執刀できるということ。1年目のレジデントは先日arterial switch operationをやったと。Rossもやらせてもらえるそうです。また、大きな特徴として2年の内、3ヶ月をelective rotationとして利用でき、そのチーフレジデントはArizona Heart Instituteでendovascular surgeryの研修をしてきたということです。
総じて、小さなプログラムですが、科として総力を挙げ、教育してくれるので、十分な力が付きそうな印象を受けました。
余談ですが、UVAに招かれていた面々に比べ明らかに今日あった候補者たちは肌に色が付いていました。9人中白人は2人だけでした。

Washington University
今回は、ワシントンマニュアルで有名なワシントン大学(Washington University、僕が現在所属しているのはワシントン大学(University of Washington)、ややこしなー)です。Wash U(ワッシュ・ユー)と略称されています(University of WashingtonはUW, ユーダブ)。
Wash Uは、アメリカの中央部、ミズーリ州のセントルイスに位置(区分けでは南部に属する)します。ミシシッピ川中流の中規模の都市で、西部開拓時代には西部への玄関口として栄えました。ホットドッグ、アイスクリーム、アイスティーなどが発明された場所だそうです(地球の歩き方の受け売り)。バドワイザーが本社を置いています。空港からタクシーに乗ってダウンタウンへ。3月初旬なのにTシャツで過ごせそうな温かさ。予想通り、果てしなく平坦な場所です。典型的なアメリカ人の町、白人70%、黒人30%という感じで、やはりアジア人はあまりいません。すし屋もあまりなさそう。Wash UがホームとするBarnes & Jewish Hospitalは平原の中に忽然と巨大なビル群として姿を現します。
この病院はUS Newsによる全米病院ランキングでの上位常連で、2005年度は6位でした(UWは9位)。その巨大さはUWなど比べるべくもなく(ベッド数1300対400)、以前短期滞在したMayo clinicにも劣らぬほどの迫力です。新たな棟も建設中のようで、勢いを感じさせられました。
Wash Uの医学部は歴史ある名門中の名門です。胸部外科も、名声を十分に轟かせています。US Newsでは循環器・心臓外科部門9位。初代Chairman、Dr. Grahamは、最初に肺全摘を施行した人です。この患者は産婦人科医で進行肺癌だったとのこと。30年後、Dr. Grahamが喫煙によると思われる「肺癌」で亡くなった時、この産婦人科医が葬式に参列したという興味深いエピソードを聞きました。彼を含め歴代Chairmanは一人を除いてAATSの会長を歴任しています。Chairmanではありませんでしたが、Dr. Fergusonも会長をしました(この人はTかもと先生と親交があります)。2代前はCox-Maze手術のDr. Coxです。現在のChairmanはDr. Patterson、肺移植の第一人者で、肺移植年間症例数は55例程度と世界一です。彼自身はカナダ出身で、誰もが認めるずば抜けた臨床能力に加え、gentlemanとして皆から慕われています。成人心臓外科のchiefはDr. Damiano。Duke出身、一見して分かる野心十分の、迫力ある人物です(ちなみにDuke大学は格調高い大学として知られ、そこの卒業生はある一種のインテリ意識を持っており、その気質はDukyと呼ばれているようです)。臨床・研究の両面で多大な業績があります。Program directorはDr. Moon。スタンフォード出身で比較的若くして業績を積み重ね、大動脈外科を含め複雑症例を数多くこなす名医です。その他、10人を軽く超えるスタッフ外科医を抱えています。症例はバラエティーに富んでおり、思いつくような手術はすべて経験できそうでした。前述の肺移植は言うまでもなく、大動脈外科センター、Marfanセンターにより大動脈外科症例が豊富(年間手術70-80例)なこと、community hospitalに僧帽弁の形成が上手い先生がいることなどが特徴です。VAD、心移植は年間各30例程度と並のようです。外科医達は、良くも悪くも誇り高き人達のようで、素晴らしい名声を有している半面、レジデントに対して強く当たる人も結構いるようです。基礎・臨床研究も盛んで、Wash UがNIHから貰う研究費は全米で2か3位、胸部外科だけでもR01 grantを8つ持っているというから驚きです。データベースが完備されているので、臨床研究も非常に容易で、アイデアさえあれば、担当者がすぐデータを引き出してくれるので、忙しい臨床研修の中でもレジデントらは論文を書くことが出来ているとのこと(99%をやってもらえる、と言っていました)。実際、各外科医の論文数には目を見張ります。年間症例数は、成人心臓外科1000例、小児心臓外科250例、一般胸部外科750例。
レジデントは年間心臓外科希望2名、一般胸部外科(呼吸器・食道・縦隔など)希望1名の年間3名で2年間のプログラムです。心臓外科希望者は一般胸部外科半年、小児2ヶ月、残りを成人心臓外科で研修します。Burns & Jewish Hospitalに加え、それ付属の小児病院、community hospitalのChristian Hospital Northeastが研修先です。2年間で250例程度の心臓外科、150例程度の一般胸部外科を執刀します。University of VirginiaやOHSUに比べると、レジデントに任される自主性は、特に手術室において、やや劣るようでした。1年目は外科医の位置に立つとしても、アシスタント的な内容になってしまうことも結構あるようです。また、前述の暴走弁形成の上手い先生は、やはり自分で執刀することが多いようです。週1回の平日当直、3-4週に1回の週末オン・コールが義務付けられています。卒業後の就職先は他のプログラムに比べ充実しているようで、今年のチーフレジデントは、心臓外科希望者2名はprivate practiceに、一般胸部外科希望者1名はUniversity of Virginia(恐らく今年人気No1就職先だったと思われる)に行くことが決まっています。
概して、名実共に充実した申し分ないプログラムといえます。名は抜群、実は、外科医たちが「誇り高い」分、やや劣るものの一流という個人的評価です。Academic careerを追求する者にとっては、良いスタート地点ではないでしょうか。
自分にとって嬉しかったのは、面接を受けた外科医たちが僕に非常に興味を持ってくれ、強く誘ってくれたことです。Dr. Moon、Dr. Damianoとは面接予定ではなかったのにDr. Pattersonがわざわざ別枠を取って会えるようにしてくれました。
 
Brigham and Women's Hospital
今回は、インタビューシリーズのハイライトの一つ、Brigham and Women's Hospital (BWH)です。
所在地は、世界の頭脳が集まるボストン。チャールズ川河口に広がる美しい街です。空港から市街に地下鉄で向かいましたが、久しぶりの満員電車で、都会の雰囲気。ダウンタウンは煉瓦造りの重厚なビルが立ち並び、他のアメリカとは明らかに異なる歴史ある佇まいでした。行き交う人々は若々しく、活気を感じさせられる街でもありました。僕の大学の同級生が4人も(つい最近までは5人)この地で研究生活を送っています。インタビュー終了後にはその内2人と会って、非常に楽しいひと時を過ごしました。 
ボストンにはHarvard University, Massachusetts Institute of Technology (MIT)など、世界に名だたる大学が群居しています。病院も、BWHの他、Massachusetts General Hospital (MGH), Beth Israel Hospital (BI)、Boston Children's Hospitalなど、Harvard関連施設が狭い地域に超一流施設が密集しています。
応募したのはこの内BWHのみ。BIは一流ながら、やや見劣りするし、MGHは超一流ですが、外科医の鼻が高すぎてresidentは奴隷のようにこき使われるのみで教育をしてもらえない旧態然だとのもっぱらの噂のため、応募せず。この噂は、実際にインタビューに行った応募者の発言により真実と判明。
今回の特記事項は、日本からの知り合いのT先生がフェローとして実際に心臓外科で働いていること。彼からの情報により、インタビューの表裏を覗くことが出来ました。なお、T先生は、各アテンディングから非常に高く評価されており、同じ日本人として誇らしく思いました。彼の評判のお陰で僕のインタビューがスムーズに行ったことも事実です。
Program Directorは一般胸部外科医のDr. Buenoですが、実験は最近引退した(させられた?)ながらも臨床ではまだまだ活躍している前Program DirectorのDr. Laurence Cohn (写真)であることが一目瞭然。彼は、弁手術の第一人者で、Adult Cardiac Surgeryという教科書の編者でもあります。
BWHはUS Newsの病院ランクで6位、循環器・心臓外科部門で12位。初日のディナーは超高層ビルの52階の展望レストランにて。外科医達はHarvardに誇りを持ち、気高く振舞っています。resindent達も、髪型はきっちり決まり雄弁でいつでも政治家に転向できそうな趣。翌日に本格的な紹介。昨年の手術症例数は一般胸部が2518例(葉切や片肺全摘が295例、食道98例など)、成人心臓が1471例(冠動脈574例、弁473例、同時手術227例など)、小児心臓が1035例(開心術673例)と膨大な数をこなしています。これまでの訪問施設で断トツ。成人心臓のスタッフは6-8人。特徴は、弁が多いこと。小切開での弁手術。Dr. Cohnの元には遠路フロリダからの紹介もあるようです。移植は15-20例程度。VADも同程度。大動脈に関しては詳細不明でしたが、余り多くはなさそう。
residentは心臓外科2名、一般胸部外科2名、加えてsuper fellow(residentを終え更なるトレーニングを積んでいる人たち)が各国から8-10人程度の大所帯。心臓外科コースを取ると、1年目は6ヶ月成人心臓、5ヶ月一般胸部、1ヶ月カテーテル、2年目は6ヶ月の成人心臓と6ヶ月の小児心臓。2年間での経験症例数は400-500例(心臓+一般胸部、詳細な内訳不明)。75%程度をprimary surgeonとして執刀、経験症例数は毎年の全米program比較で99パーセンタイルに入っているそうです。トレーニングのqualityには自負があり、卒業生達の半数は各地の施設でチーフになっているとのこと。BWHの一般外科の卒業生がこれまで多数そのまま残っています。つまり、優秀な人たちが内部から見ても魅力あるprogramということでしょう。とにかく、「HarvardのBWH卒業だ!文句ある奴、かかって来い!」という感じで卒業するようです。僕の興味点である臨床研究もデータベースが完備されており、いつでも可能だとのこと。
programの弱点。この時勢やはり就職先を見つけるのは楽ではないようで、fellowshipに入る人も最近は多いとのこと(特に心臓コース)。7週に一度程度、アウトフェローと呼ばれる術前コンサルト術後管理医になり、その週は手術室から離れるということ。小児ローテーション中は煩雑な管理仕事があること。
裏情報。一年目は余り手術させてもらえない(3ヶ月で30例程度)。小児を回っているときも殆ど執刀機会なし。一般胸部をローテ中は、粗末に扱われるとのこと。その結果、手術を十分にやれる時期は2年の内正味6ヶ月。魅力であるDr. Cohnの弁形成では、実際の糸掛けの半分くらいしかやらせてもらえないこと。大所帯のため、様々な人間関係や管理仕事が煩雑なこと。データベースはかなりいい加減と。
総じて、気高いprogram。ここを卒業することで最高の「箔」が付くことは間違いありません。「力」の付き具合は、もう一つ疑問が残るところです。

Stanford University
最後のインタビューは、オオトリに相応しいStanford Universityです。ここはColumbia Uと並んでずっと前から注目、憧れていたプログラムでした。
天下に名高いStanfordは、車で約40分ほどサンフランシスコから東(内陸側)に行った所にあります。大学、病院周囲は、緑豊かな美しい場所です。大学を中心にこじんまりとした小奇麗な街並みがあり、さらにその周りに高級住宅地が広がっています。道行くのは、溌剌とした学生か裕福な家庭の人々といった雰囲気です。つまり、学生以外は白人が圧倒的に多い印象を受けました。大都市の少し郊外に作られた高級街といった趣です。
Stanford大学は広大かつ壮麗で、正に「西の雄」の名に恥じません。われらがUniversity of Washingtonも立派ですが、門構えでは後塵を拝している感は否めません。大学病院は学内の一角を占めており、隣接して小児病院があります。毎度の2005年度US Newsでは全国で16位にランキングされたようです。病院内部は古いですが、広い敷地を利用した横に広い平屋作り(地上3階建て)は室内でも明るく、好感が持てました。
循環器・心臓外科分野は堂々11位。西海岸では第1位です。ここのinterviewは変わっており、一日に一人のみです。通常は応募者をある日に集めて一斉にinterviewしてしまいます。他のprogramよりより濃厚に評価を受けている感じがしました。しかし、7ヶ所目ともなると此方も随分慣れてきて、あまり緊張することもなく望めました。Division ChiefはDr. Robbins。温厚でレジデントを大切にする人柄のようでした。更に、Dr. Reitz, Dr. Craig Miller, Dr. Mitchellといった超有名外科医が続きます。Dr. Reitzは、つい最近までDivision Chiefを務めていた心肺移植の権威で、日本の心臓外科界でも有名な方。Bんどう先生をアメリカに招いた先生としてB先生の著書に紹介されています。実際にお会いすると物静かな学者のような方でした。Dr. Millerは、大動脈外科の超権威。他に、基礎研究でもNIHのgrantを3つ持ち、余暇にはhunting(打ちます)やrodeo(これは見る方)を楽しむというsupermanのようなお方です。僕の日本の師であるT先生も非常に尊敬しておられます。当日は、3件の手術でお忙しく、ゆっくりお話しすることは出来ませんでしたが、手術室に呼んで頂き、interviewしてもらいました。初めての経験でしたが、手術の解説や果てはT先生の話しで盛り上がりました。両大先生を含め、多くの先生がT先生を始めとした日本人心臓外科医と過去に共に働いた経験があり、その経験談を語ってくれたのですが、その全てが肯定的なものでした。皆が口を揃えて曰く、「xx先生と一緒に働いたが、彼は素晴らしかった」。そして、皆が日本人に対して非常に好感を持っていました。僕が日本人というだけで無条件に下駄を履かせてもらった気がします。実際の科のactivityは、総論のような紹介はなかったので詳細は分かりませんが、大人の心臓外科症例が年間7-800例程度、小児が関連病院を併せ700例程度、一般胸部外科は全く不明でした。成人心臓外科は、総症例数は横這いとのことで、虚血性心疾患、弁疾患、大動脈疾患が30%ずつを占め、心移植30例、心肺同時移植10例弱、VAD15例程度の年間症例数との事。特筆すべきは何と言っても年間80例の豊富な大動脈症例です。Stent-graftは、発祥の地とも言えますが、中心となっていた放射線科医が他の施設(University of Virginia)にhead huntingされたこと、GoreのグラフトがFDAに認可されて以降、周囲の他の病院での施行例が増えたことで、最近は以前ほど盛んではなく、また、外科医が技術的なリーダーシップと取っている訳でもなさそうでした。外科医のうち、若い2名はOPCABをやっているようでした。また、小児心臓外科には世界的大家Dr. HanleyとDr. Reddyが鎮座しています。弱点は、やはり一般胸部外科ですが、現在、胸部腫瘍外科医と肺移植医をリクルート中とのことでした。
Residencyは3年間で、1年目に一般胸部外科6ヶ月、小児心臓外科6ヶ月、2年目に在郷軍人病院で心臓と一般呼吸器6ヶ月、胸部臓器移植6ヶ月、3年目は成人心臓外科12ヶ月。つい最近までは最初の1年はICU rotationでこれが評判悪かったのですが、改善されたようです。3年目の経験は素晴らしいと誰もが口を揃えて言います。実際、僕の見学日にはaortic stenosisに対するManuguian procedureをチーフレジデントがDr. Millerを前立ちにやっていました。好印象だったのは、Dr. Millerは急かすことなく、レジデントに考えるゆとり(次の運針をドウスルベキかなど)を与えていたことです。現在の3年目レジデントの経験症例数は、心臓が1年目20例程度、2年目100例程度、3年目200例程度で計280から350例程度、一般胸部が3年で150例程度。現在のレジデント達は、皆気さくで、1年目の一人が時間を割いて色々教えてくれました。彼らは、Stanfordのみならず、MGHやYaleなど全米から集まってきています。全員が素晴らしい業績を持っており、この点から見ると僕が回ったプログラムで最高の質のレジデントが集まっているようでした。卒業後の就職先の一覧表は、素晴らしい一流施設の名で埋まっており、ここを卒業することはacademic surgeonへの切符を手に入れたも同然のようです。実際、今の3年目のレジデントには数箇所の大学病院からacademic positionのオファーがあるようです。これは他のどこでも聞いたことのない状況です。つまり、BWHやColumbiaでも卒業間近のレジデント達が受けるオファーはprivate practiceのみのようでした。
半面、気になったことがいくつかありました。小児ローテーション中は、あまり症例を経験できないこと。両小児心臓外科医は大概fellowとphysician assistantと手術をし、レジデントは手洗いすら出来ないとの事。2年目は、他のローテーションでチーフの筈が、前述のチーフレジデント執刀手術時に2年目が第2助手をしていたこと(僕の日本での状況を思い出させる光景でした)。概して、素晴らしい3年目のために最初の2年間は下積みを、という状況のようです。
栄えある素晴らしいプログラムです。これで2年間なら文句なしだったのですが。。。。
 
Emory UとU Penn
EmoryとUniversity of Pennsylvaniaのinterviewはちょっと事情があってキャンセルとなりました。共に名高い一流programです。共に3年間でもあります。見識を広める意味を含め、訪問したかった気持ちはあります。
Emoryはoff-pump CABG (OPCAB)で有名です。全米で最もこれを推奨しているprogramではないでしょうか。自身でRCTも実施中のはずです。北米では、OPCABはその導入後数年間は広く行われましたが、その後の臨床研究でon-pump CABGと成績に差がないことが続々と報告され、急速に下火になってきています。
ところで、Emoryは個人的に思い出深い場所です。2001年9月、ダラスに二階堂先生という東大の大先輩で、ダラス小児病院で心臓外科のチーフをやっていた先生を訪ねました。帰りのflightがアトランタ経由だったのですが、アトランタの空港に着いてみると人々が空港のスポーツバーのテレビに釘付けになっており、覗いてみると、飛行機がビルに突っ込んでいる光景の中継でした。9-11のテロの当日だったのです。同時間に飛行機に乗っていたということ。特に感慨は無かったのですが、その後3日間アトランタに缶詰になってしまいました。Coca ColaやCNNの本社見学などして時間を潰したものの、暇を持て余し、近所にあった病院に掛け合って心臓外科の手術見学をしたのですが、それがEmoryの関連病院でした。そこでprogram directorのDr. Guytonに会って、「レジデントにしてくれ!!」と直訴したのですが(かなり唐突に)、一蹴されました。彼がそのことを覚えているか??その意味で、ちょっと訪ねてみたかったです。

 

3.University of Washington心臓外科
心臓外科はUniversity of Washingtonで年間400-500例、VAで100例、小児病院で300-400例の症例数を有します。外国人のフェローは今のところ採用していないようです。チーフのVerrier先生は教育熱心な方で、ほぼどんな手術でもレジデントに執刀させます。  
シアトルは、本当に素晴らしい町で、日本からも近くほとんど何の不満もありません。海あり、山あり、食あり、文化あり、サッカーチーム多く、安全、アジア人多し。最初の研修場所がここだったことは非常にラッキーでした。
University of Washingtonの日本での知名度はそれほど高くありませんが、アメリカの医学界では臨床・研究両面で比較的名前が売れています。US News Hospital rankingではUW Medical Centerは全米9位(2005年)でした。NIHからの研究費は、Harvard groupに次いで2位。近くにある関連施設のフレッドハッチンソン研究施設(全米3大癌研究施設の一つ、世界初の骨髄移植が行われたところ)への研究費は全米8位で、これを合わせるとHarvardを上回るとのこと。また、一般外科のレジデンシーは全米トップ10に入ると言われています。
循環器・心臓外科部門ではUS Newsでランク外ですが、胸部外科のprogramは、他のprogramや志望者達から非常に尊敬されています。心臓外科のトップはDr. VerrierでThoracic Residency Program Director Associationの前president、Western Thoracic Surgery Societyの元president、RRC(レジデンシー評価機関)の胸部外科部門代表と要職を占め、特にレジデント教育の面で重要な役割を果たす人です。一般胸部外科のトップはDr. Woodで、STSのSecretaryです。その他、安定したメンバー(老若交え)により充実した臨床を行っています。どのスタッフ外科医もgentlemanでレジデントをしもべとしてでなく、同僚として扱ってくれます。基礎研究室を持つ外科医が2人(全米で5位以内の胸部外科研究費を取っているとのこと、Wash Uには比べるべくもありませんが)、臨床研究を活発に行っている外科医が2人。その内の心臓外科医の臨床projectに僕も参画しています。UW Medical Center(年間症例数心臓400例、一般胸部外科800から900例), 在郷軍人病院(年間症例数心臓150例、一般胸部外科150例)、小児病院(どんどん症例が増えており現在300例程度)の3箇所を回ります。UW Medical Center周囲には結構質のいい心臓外科病院があり、単純な症例はそういった病院との取りあいになっています。その結果、症例の多くが複雑症例で、それを反映してCABGがたったの25%、弁膜症が40%となっています。また、小児病院は急速に症例数を伸ばしており、特にHLHS症例が非常に多い(週数件)ようです。さらに、中堅の一般胸部外科医が肺移植の症例を集めており、昨年は51例に移植、世界のWash Uに迫る勢いです。総じて、心臓外科は並以上、一般胸部外科は最高レベルの臨床内容といった感じです。
レジデンシーは2年間で、各年2人です。6ヶ月成人心臓、6ヶ月小児心臓、6ヶ月一般胸部外科、6ヶ月成人心臓と一般胸部外科という内訳。今年卒業予定のレジデントの一人はMinnesotaでprivate practice (60% cardiac 40% thoracic)、もう一人はUWに残って一般胸部外科のスタッフになるとのことです。経験症例数は、後4ヶ月を残して、成人心臓150例(CABG50例、弁60例、大動脈20例)、小児心臓100例(術者30例)、一般胸部外科200例以上。卒業時にはおそらく心臓外科280例、一般胸部外科230例程度かと予想されます。前述の通り、Dr. Verrierは非常に教育に力を入れており、レジデンシー開始の1日目から術者として手術をさせるとのことで、それが本当であることを僕も自分で確認しています。レジデントらには、手術室、術前後の患者管理で大きな裁量を与えられており、自分で判断し実行することで、大きな臨床力が付くようです。その点では実際非常に定評があり、全米でもUWとUniversity of Virginia(UVA)が飛び抜けているようです。UVAに比べると経験できる症例数は少ないものの、十分な量がある上、より複雑症例が多いため、卒業時の外科医としての総力はどちらが上かは決しかねるといった印象です。来年からMinessotaに行く彼は、先日のホモグラフト大動脈基部置換の再手術症例で、弁輪拡大、人工弁装着、1枝バイパスを全部自分で行ったうえ、バイパスの遠位吻合の前にスタッフは手術室から出て行ったとのこと。4人のレジデントの満足度は非常に高く、それが本当であることは僕が彼らの友人なのでよく分かります。全米で10指に入る良いprogramであることは間違いなさそうです。

 

写真の説明

余暇に登ったMount Rainier(タコマ富士とも呼ばれます)。左が筆者。

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