臨床留学情報


伊藤 丈二 先生


所属先施設


東京ベイ浦安市川医療センター 医員


経歴


2006年 佐賀大学卒業。
倉敷中央病院にて初期研修、後期研修を修了。聖路加国際病院、東京ベイ医療センターで
修練後に2017年1月~2018年11月の約2年間 St Michael’s Hospital, Toronto, Canadaにて
Aortic fellow/Transcatheter aortic valve implantation(TAVI) fellowとしてクリニカルフェローを修了。
2018年12月より現職。


留学までの経緯


聖路加国際病院に勤務していた2015年頃にTAVIの経心尖部アプローチのプロクターとして
病院に指導に来られた Dr.Mark Petersonに出会いました。上司の先生方から推薦していただき、
クリニカルフェローとして2017年の1月から留学を開始することとなりました。


留学先の病院


St Michael’s Hospitalはカナダ最大都市であるTorontoのダウンタウンにある病院です。
トロント大学の関連病院の一つで、かの有名なDr.Tirone Davidがいる
Toronto General Hospitalのすぐ近所にあります。
徒歩10分程度。レジデントは関連病院間をローテーションしますが、私自身は
St Michael Hospitalのみで研修を行いました。その他、郊外にあるSunnybrook Hospital、SickKids
などがあります。St Michael Hospitalは年間約1100例の成人心臓手術を行っています。
正確な数字は把握していませんがToronto General Hospital はもう少し多め、
Sunnybrookはもう少し少な目なようです。人員はスタッフ外科医5名、レジデント1名、フェロー 3~4名
というメンバー構成でした。レジデントとはトロント大学の心臓外科プログラムに正規に採用された
修練医で、フェローとポジションはカナダ国内からもしくは私のような海外からのインターナショナルな
修練医を含みます。心臓手術の内容は冠動脈バイパス手術 60%(ほぼ全例心停止下)、弁膜症30%、
大血管10%という内訳で、MICSや心移植は行っていません。Conventionalな手術を多くやっています。
これに加えて年間160件のTAVIを行っています。MitraClipは内科が主導で行っていて、
詳細な症例数は把握していませんがオンタリオ州で一番多く症例を行っているようです。
移植は完全にToronto General Hospitalに集約していました。
意外なことにトロントでMICSをしている病院は一つもありませんでした。
私はフェローとして採用されたわけですが、スタッフのひとりであるDr. Petersonと マンツーマンの形で研修を行いました。彼は当時44歳でしたが、32歳の頃からスタッフを務めており、
大動脈弁、基部(ロス手術を積極的に行っていた)、大血管、TAVI(TAVIのディレクター)などを
専門としている大変勢いのある外科医でした。


留学中の手術症例


経験した症例としては執刀医として開心術200件、TAVI 80件で、助手としてはロス手術をはじめ
基部手術を多く経験できました。執刀手術の内容としては、冠動脈バイパス手術と弁手術および
その複合手術が主体で、複雑な症例を執刀する機会は少なかったですが後半は単独で
手術を任させる機会が多かったです。

冠動脈バイパスに関しては、左内胸動脈と静脈を主に用いて心停止下手術でした。
日本で心外研修を始めて以来、ハーモニックスカルペルを用いた採取方法しか経験してきませんでした。
今回、留学先では電気メスとクリップでSkeltonizeしなければならなかったので、
最初は若干手こずりましたがそのうち慣れました。

一日2件を縦で行うのですが、時間には厳しかったです。1件目が長引くと、
すぐに看護師が帰りたいと言い始め、2件目がキャンセルさせるということが頻繁にありました。
手術室以外でも同じことが言えますが、カナダではスタッフのQOLが第一に優先され、
日本のように患者が待ってるから遅くまで働くという概念はあまり受け入れられないようです。

TAVIに関しては,どうしても内科が主導となりがちな局所麻酔下での穿刺による
経大腿動脈アプローチTAVIをある程度まとまった数経験できたことは貴重だったと思います。
その他、経心尖部、経鎖骨下動脈、経腕頭動脈アプローチを経験しました。
腕頭動脈アプローチはSupra sternal notchから胸骨を切開せずに直接腕頭動脈にアプローチする方法です。
術後の疼痛が無いので、Alternative approachのオプションとして良い方法だと思います。


手術以外の実務


普段の実務を列記しますと、毎日の回診、カンファレンス(準備、プレゼン)、外来、オンコール
(月7回から8回の当直、コンサルテーションの対応など)、データベース管理ということで
基本的には日本にいたときの延長のような形だったと思います。外来は週一回、新規紹介患者、
術後フォロー患者を一日に20人ほど診ていました。この外来が相当骨の折れる仕事でした。
日本のように、カルテに記載するのではなくDictationで電話に吹き込んだ後に担当者が文字におこす
という形でした。Nativeの人たちは患者を診た後に、電話に向かい瞬時にDictationするのですが、
英語が不自由な私の場合はそうはいきません。慣れないうちはわざわざ文章をtypingした後に、
それを読み上げるという大変効率の悪い方法をとらざるを終えませんでした。

留学した先輩方の話によると一般的にいわゆる "QOL" は日本より良いという話は聞いていましたが、
朝早く出勤し、夜遅く帰るスタイルは日本にいたときと変わりありませんでした。
よく "病院に住んでいるだろ" と言われていました(笑)。

幸いICUにはICUドクター、病棟にはNPが常駐していたのでその点は助かりました。
しかし、NPは平日の日中だけで、夜間と週末はフェローが全てをカバーしなければなりませんでした。


留学に際して必要だったもの


・資格について
カナダのオンタリオ州に限った話ですが、アメリカでのUSMLEのような試験はなく、
基本的には英語の試験のみです。トロント大学はTOEFL92点以上を要求していました。
形式上、心臓血管外科専門医の取得、推薦状2通は求められました。しかし、語学試験の点数を
要求されてはいるものの一番重要だったものは”コネ”です、言い換えると推薦です。
私の場合、留学先の上司と日本での上司とが良好な関係にあり、強力なバックアップのもと
大変スムーズに留学が決まりました。結果、良いのか悪いのかTOEFLも免除さました。
その分英語に関しては、準備不足だったので仕事が始まってから言語面では正直かなり苦労しました。
留学の受け入れ先からすると、コミュニケーションがある程度取れれば、厳格な点数は関係なく、
それよりも人が良く、真面目によく働く人が欲しいとのことでしたので、
一般的な日本の若手心臓外科医からすればその点は問題なくクリアできるはずです。
でも英語が堪能であれば良いに越したことは間違いありません。

・手技面
日本から留学にでたときは卒後11年目の秋でした。当時は聖路加病院、東京ベイ医療センターで
一通りの手術は経験させてもらい、解離なども単独で手術を行う機会をいただいていました。
手技に関しては、現地で学べば良いという意見もあるかもしれませんが、実際は日本と同じ状況で、
信頼を獲得するまではチャンスは回ってきません。限られた留学期間でより多くの機会を得るには
スタートダッシュは肝心です。私の場合、言語でのハンディキャップはあったものの、
手術室でアピールすることができたので他のレジデント、フェローよりも早く、
多くの機会を得ることができました。

・金銭面
フェローの給料は、家族を養うには不十分で相当の出費を強いられました。
今の内からしっかり貯蓄しておきましょう。無給で働くのは正道ではありません。
家庭不和の原因にもなりかねませんので、しっかり給料はもらいましょう。


家族について


妻、子供三人(当時 9歳、4歳、2歳)、犬一匹とともにカナダに移りました。
妻、子供には大変な負担をかけましたが、留学中に支えてくれて大変感謝しています。
子供たちはカナダに渡った翌週からいきなり現地の学校に通い始めました。ABCもわからぬ状態で
苦労したと思いますが涙を流すこともなく頑張って通いました。友達もできて、学校は
日本の小学校のように厳しくないので、最終的には子供たちは日本に帰りたくないというほど
楽しめたようです。恥ずかしながら長女の英語は私を完全に超えました(笑)。
妻も、日本人以外の友人も多くでき良い経験が出来たようで最終的には皆ハッピーだったと思います。
家庭が円満でなければ、留学は成功したとは言えません。海外留学は精神的にも、
金銭的にも負担が大きいですし、家族間でサポートし合い円満な家庭を保ちましょう。


留学から帰るにあたって


医局の人事で海外留学に行く人にとっては、帰国のタイミング、帰国先については個人での選択が
難しい面があるかもしれません。ですが、一般的に留学前に帰国後のことを考えておくことは
非常に重要です。特にどこの医局にも所属していない人にとっては、帰国後の就職先まで
よく相談しておきましょう。
私自身は最低2年、場合によって3年の留学期間を考えていて、帰国後は聖路加病院に再就職させて頂く
ということで出発しました。留学が始まり半年した頃には3年留学しようかとも一瞬考えことはありましたが
1年経過するまでには2年で日本に帰ろうと決めていました。カナダにそのまま就職することも
可能だった気もしますが、それよりも私自身は日本で頑張りたいという目標がありましたので、
きっちり2年で終えて帰国することを選択しました。加えてカナダでの患者背景、診療内容などが
日本のものとかなり違いましたので、長く居すぎても日本に帰ってからのメリットが少ないとも
感じていました。日本ですでに良い経験が出来ていると思っている人、将来は日本で頑張りたい、
と思っている人は、期間を決めて経験できることを経験したらさっと日本に帰ってくると良いと思います。
あちらでのスタッフは相当な給料をもらい裕福な生活をしています。休みも多いです。
何を選択するかは個人の価値観次第ですが、そのまま海外に就職する若手外科医たちの気持ちは
良く理解できます。私個人的な就職先については、光栄なことに現勤務先の上司よりお声掛けいただき
前就職先、現就職先で話し合いのもと、栄転という形で後者に再就職させて頂きました。


留学を考えている人へのメッセージ


留学には十分な準備が必要です。(私は正直に言語面では準備不足でしたが…)。
タイミング、留学先、留学をして何を学ぶのか、家族の理解、金銭面、留学後のことなど
考えなければいけないことが山ほどあります。ただ、十分に準備をすればするほど、
より実りある留学になることは間違いありません。準備は早めに始めましょう。
家族含めて人生経験という意味では、海外留学は間違いなく大きな人生経験になることでしょう。
キャリアアップを考えると、日本では経験できないようなことを学び、それを日本に帰ってから
活かせることが出来ればベストです。新しいデバイスを経験したり、ある特定の手術手技の大家について
学べるといいと思います。何か他の人が経験できないことを探しましょう。
海外のトップ外科医から学ぶことは多いと思います。優れた外科医から学び
外科医としての引き出しを増やしましょう。

一方で強調したい点としては、日本は素晴らしいということです。
今回の海外留学で改めて日本のレベルの高さを実感できました。手術はもちろん医師、コメディカル、
その他多職種含めた素晴らしいチーム力を持ち味に、きめ細やかな質の高い医療を患者さんに
提供できていると自信を持って言えます。
もう一言、留学というと海外留学に焦点が当たりますが、長く同じ病院にいる人は海外留学する前に
国内留学を検討してみてもいいでしょう。若いうちにどんどん良い手術を経験して引き出しを
増やしていきましょう。日本での豊富な経験は間違いなく海外留学先でもアドバンテージになります。


おわりに


末筆ではありますが、今回の留学をサポートしていただいた先生方、家族のみんなに心より感謝いたします。