浦 正史先生

留学施設/留学期間:
St. George Hospital: Gray Street Kogarah NSW Australia,
Jan 2000-Jan 2003 Clinical Fellow

Princess Alexandra Hospital: Ipswich Road Wollongaba QLD Australia,
Oct 2005-Dec 2006, Senior Registrar
Jan 2007-Consultant surgeon

留学に必要だった資格:本文参照
留学施設の特徴:本文参照
留学中の経験症例数:本文参照

体験記:

1992年に大学を卒業、その後大学病院、関連病院でのトレーニングを経て2000年からオーストラリアで臨床留学を開始した。きっかけは大学の先輩がSt. George で働いていたのでそのつてで部長を紹介してもらい研修の機会をもらった。その当時は英語の試験も何もいらず日本の医師免許があれば研修は監督下という名目で可能であった。ただ海外生活の経験も無く英会話には苦労し最初の1年間はひやひやものであった。

Fellowとしての仕事は現地Registrarの仕事となんら変わることなく最初から手術の助手、術後管理、当直、コンサルトをこなした。手術は隣にあるPrivate hospitalと合わせると年間700例(Public で約350例)ほどの開心術を3人から4人のFellowとRegistrarで執刀または助手として立会い、3日に一回の当直をし次の日も手術に入るという生活であったため身体的には少しきつかった。

手術執刀に関しては日本で留学前に症例数の多い病院で働いていたためある程度はできる状態であったが、かといってこちらに来てすぐに執刀させてもらえるというわけではなかった。現地Registrarはある程度与えられる症例数をトレーニングプログラムとして確保されているがFellowはそのような待遇は期待できないのでボスとの信頼関係を手術助手、術後管理で築きその見返りとして執刀する権利をもらうという感じであった。結局は1年目が20例弱、3年のトータルで150例程度の執刀であった。ほとんどの症例がCABGであったが大きな特徴は2年目頃から自分だけで執刀する機会を与えられることで、術者として独り立ちするには欠かせない経験であったと思う。それ以外では特に目新しいことをやっている病院ではなく標準的な症例を普通の手術でこなすオーストラリアの一般的な基幹病院といえると思う。

ここの病院は元来日本人が多く留学しており、ボスが滅私奉公のスタイルに慣れているため、どちらかと言うと英語を喋る日本の病院で働いているような感じで、年間の休暇も10日程度でオージーライフを満喫したという気はしなかった。どれだけ自分で執刀できるかはその時のRegistrar とFellow数の関係、それぞれの経験、運、等に大きく作用されると思われるが日本を出る前に最低限IMAの採取Cannulation程度は確実にできるようになっておくことがいいスタートを切る上で肝要と思われる。現在は働く際に英語の試験(IELTS)がいるようで英語がよっぽどできる人でなければ最初に研究留学等で英語力を磨く必要があるかもしれない。

オーストラリアでは当時OPCABも流行っていたが自分で執刀したのは一部の1枝、2枝バイパスを除けばほとんどOn Pumpであった。日本に帰って来て大学病院でOPCABの執刀の本格的な研修を受けたがOn PumpでしっかりできればOn からOffへのConversionは然るべく手助けがあれば難しくないと思う。

2005年10月より家族の都合で再度オーストラリアへ渡りPrincess Alexandra HospitalにてSenior Registrarとして働いた後、運にも恵まれConsultant surgeonとして働いている。Senior Registrarの時は200例程度を執刀、2007年にConsultantになってからは年間240例程度の開心術と40例程度の肺手術を執刀している。病院全体では800例から1000例の開心術を施行している。症例の内訳は日本とあまり変わらないと思うがCABGと弁膜症の複合症例が増える傾向がある。胸部大動脈疾患は日本に比べ少ない印象があり解離は年間25例程度。弓部大動脈症例は少ないが基部病変は比較的多い。助手は6ヶ月ごとに変わる卒後2-5年目のbasic surgical training programのrotatorたちで、静脈取りを含めた彼らの教育はconsultantの仕事のひとつである。手術以外では毎日7時半から回診、週一回の心臓外科の外来、3週間に一回の呼吸器外科の外来、院内患者consultation、resident, registrarの教育プログラムなどがある。終わる時間は5時から7時ごろ。On call として緊急患者の対応や週末の回診をするのは月に一回の週末と平日週一日。

現在はConsultantとしてどのような症例でも一応こなせるレベルに達しているが、今から振り返ると5年前にオーストラリアから日本に帰った段階では日本の病院の部長としてもオーストラリアのConsultantとしてもやっていけるレベルではなかったと思う。自分もその傾向があったので分かるので書くが,海外での研修で(特にオーストラリアの研修では)少しバイパス、単弁手術等ができるようになると、短期間で成長が大きいために自分が何でもできると勘違いしてしまい、日本に帰って独立してやりだして色々な症例に当たると苦労するケースがあるようである。現在の自分にもあてはまるのだが、常に自分の尊敬する目標とするConsultantのレベルと自分との差を客観的に評価し努力を続けられれば自己の過大評価からくる無駄なリスクを冒す危険が少なくなると思う。海外でFellowとして働いている場合自分で手術をすべてとりしきっていると思っていても実は知らず知らずにConsultantに症例を選ばれていたりすることはありうると思うので、完全に独立してやる為には手術の適応、手術方針、総合的なマネージメントに関するトレーニングがさらに必要と思う。結局は皆いつかは独り立ちする必要があるわけで海外研修の後で自分で不足を感じるならば日本の病院のナンバー2などとして働いてその領域の判断力を磨くのが最良と思われる。独り立ちを始めたころは後から考えると首をかしげるような判断をあせってしてしまうこともありがちで、誰か相談できる人間が傍にいるのは実際に相談しないとしても心臓外科医の精神安定に良く成績向上につながると思う。

長々と書いたが、海外での研修はたとえ執刀経験がもらえなくても海外の生活自体が人生に幅を与える物なので行く機会があるならするべきだと思う。