clinical

宮入 剛 先生

留学施設:ウイーン大学心臓胸部外科学教室
留学施設:オーストリアの首都ウイーン
留学期間:2000年から2001年の約1年間
留学に必要だった資格:日本の医師免許
留学中の立場:clinical and research fellow?
留学施設の特徴:年間1300例
留学中の経験症例数:
術者 なし
第一助手 150例
体験記:

私は、オーストリアの首都ウイーンにあるウイーン大学心臓胸部外科学教室に2000年から2001年の約1年間留学しました。ウイーン大学心臓胸部外科には教授と名のつく人が15人くらいいましたが(40歳を超えるとほとんどの人は教授になるらしい)、chairmanは20年来変わらず、Ernst. Wolner教授というヨーロッパ心臓胸部外科学会の重鎮でした。私は前任者の後を受けて、Werner Mohl教授に所属する形で、臨床と研究に携わりましたが、日本の医師免許以外に特別な資格や語学試験の成績は要求されませんでした。

研究では、前任者が立案した拡張型心筋症ハムスターにコラーゲンを使って心筋症の進行を遅らせる実験を行っていましたが、諸事手続きに時間がかかること、心筋症ハムスターが安定供給されないこともあり、遅々として進まず有意義な結果を得ることはできませんでした。教室全体としては人工心臓の研究に力を入れており、巨大なラボで研究員もたくさんおり、また他国の施設との交流も盛んで研究者も多数訪れていました。現在日本で臨床治験が進行中の遠心型ポンプなども一足早く臨床治験が行なわれおり、データ収集の手伝いをしました。

臨床では、ウイーン大学心臓胸部外科教室では年間1300例ほどの開心術を行っており、先天性心疾患から成人まで幅広くカバーしていました。私は成人心臓手術を中心に150例ほどの手術に助手として入りましたが、術者は一例もありません。冠動脈バイパスはまだほとんどオンポンプで行っていました。グラフトデザインは内胸動脈と静脈というオーソドックスなもので、skin to skin で2時間ちょっとで終わるので、手術中はともかくせかされます。術後造影もほとんど行ないません。弁膜症では弁形成術はあまり盛んではありませんでした。大動脈ではステントグラフトの臨床使用が始まったところで、私の日本でのなにがしかの経験を披露する機会もありました。

先天性心疾患ではRoss手術の得意な先生がいてよく見学に行きました。手術全般では、ベルトコンベアー式に次々とこなすhigh volume centerの現場を体験できたことが勉強になりました。一方、手の込んだ和食のような日本の心臓外科手術のよい点も実感できました。多民族都市であるウイーンの手術室には様々な国籍・人種の人がいましたが、術者にはそれらのスタッフを気持ちよく働かせて、よい手術を作り上げるコンダクターのような能力が要求されるを痛感しました。

臨床でよかったことは臓器移植の臨床に携われたことで、夜中にharvest teamの一員としてジェット機にのって国外まで出かけたこともありました。オーストリアは心臓ならびに肺移植の比較的盛んな国で、私が在籍している年はウイーン大学の肺移植数が単施設として世界一でした。脳死者が出た場合に、本人の移植拒否の意思表示がない場合には、たとえ家族・親族の反対があっても臓器を摘出することができるという法律がオーストリアにはあり、比較的donationを受けやすい環境であると思われます。

滞在中に不整脈手術におけるunipolar radiofrequency wave ablationの臨床導入が決まり、Mohl教授と私がドイツ北部のBochum大学にトレーニングを受けに派遣されたことがありました。当地のLaczkovics教授はウイーン大学のご出身でした。ドイツ・スイス・オーストリアの三国間の人的技術的交流は盛んで、三国だけの胸部外科学会もあり、中央ヨーロッパのドイツ語圏の連帯感を強く感じました。

余談ですが、オーストリア人はドイツ人からドイツ語をしゃべるイタリア人と揶揄されることがあり、実際、オーストリアの政財界の多くの要職にドイツ人がついているようです。一方、オーストリア人は自分たちの芸術性に矜持があるので、そんなドイツ人の働き蜂ぶりを小馬鹿にすることがあります。しかし、それはいわば身内の馴れ合いのようなもので、余所者が調子に乗って一方の悪口を言ったりするといやな顔をされるので注意が必要です。

ウイーンはご存知のように音楽の都で、日本からも音楽関係の留学生がたくさん来ていて、その競争の厳しさを見聞きすることがありました。一方、日本からの医学関係の留学生は少ないようで、病院内でもほとんど見かけることはなく、中東、北アフリカ、中南米など、どちらかというとアメリカと対立する国々からの留学生が多く、旧西側世界の東の端という地理的・歴史的に複雑なポジションの影響が窺われました。カンファランスなどはすべて公用語のドイツ語で行なわれましたが、ウイーン訛りで聞き取りにくく、私のpoorなドイツ語では太刀打ちできず、不勉強を猛省させられる結果となりました。

滞在中、休みや学会の時を利用してなるべく他国の著名なsurgeonの手術を見学に出かけるようにしました。結局3施設回れましたが、どの施設でも必ず得るものがあり、また日本から留学されている先生方との個人的ネットワークも構築でき、有意義だったと思います。私の中途半端な留学経験からは、これから留学を考えておられる若い先生方にお伝えできることは何もありませんが、あえて言えば、留学前に語学力は出来るだけ引き上げておくこと、特に短期の留学では、あらかじめ施設の情報を十分に集め、留学前にやりたいことをはっきりとさせてこちらから提案するぐらいの積極的な姿勢が必要と感じました。

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