福嶌五月先生

留学施設:Cell and Gene Therapy Group, Harefield Heart Science Centre, National Heart and Lung Institute, Imperial College London
http://hhsc.ac.uk/, http://www3.imperial.ac.uk/
留学期間:2003-2007
留学に必要だった資格:日本の医学部卒業証明
留学中の立場:Research Fellow, PhD Fellow

はじめに
英国Harefieldにて基礎研究留学しました。基礎研究、PhD、IELTS、留学助成金、英国のVisaなどについて私の経験を中心に述べさせていただきます。個々の情報は年々変わることがありますので、ご注意ください。

心臓外科医における基礎研究の意義
私は留学中、細胞移植、虚血再還流障害などの基礎研究を小動物モデルで行いました。心臓外科医がそんなことをして意味があるのか、もっと臨床に集中すべきなのではないか、と思われる方がおられるかもしれません。しかし、私は心臓外科医が基礎研究をする意義は確かにあると考えています。第一に心臓外科の進歩は、臨床の積み重ねであると同時に、基礎研究の積み重ねでもあります。基礎研究を行いその結果を世界に向けて発信することは、直接ではないにしても心臓外科の発展に確実に寄与しています。また、基礎研究を通じて基礎的知識を蓄積することは、心臓外科医の視野を広げることにつながると思います。

心臓外科医は直接心臓を見て触れ手術を行いそして術前術後管理をすることにより、心臓病の中でも最も重要な位置を占める冠動脈疾患、弁膜症疾患、心不全の病態を、解剖、病理、心臓循環生理、心臓電気生理、心臓薬理、心臓画像診断などの面から多角的に理解している稀有な集団であります。先人たちはこうした知識を下に努力を重ね現在の心臓外科のスタンダードを作り上げました。留学中の指導医であったProfessor Sir Magdi Yacoubは、そういった知識に加えて分子生物学、免疫学、心臓代謝学、細胞電気生理学など膨大な基礎的知識を有しておられ、これらをもとに基礎から臨床にわたる様々な研究を行い、心臓外科という枠組みを超えて、心臓病治療ならびに移植医療の発展に多大な貢献をしてこられました。

スタンダードどおりに心臓手術を行い手術治療成績を維持することも重要ではありますが、新たな治療法を開発しさらなる治療成績の改善を目指すことも次世代である我々若手心臓外科医に強く求められている仕事の一つであります。基礎から臨床にわたって世界中から次々と発表される様々な新しい知見を包括的に理解し、新たな基礎研究、臨床研究、さらには新たな治療の開発を指揮するために、基礎研究の経験は心臓外科医にとって重要であると私は考えます。

英国でのPhD
私はSupervisorの薦めもあり研究留学中にImperial College London(IC)のPostgraduate course に入学しPhDを取得することができました。ここでは、日本の医学部大学院、医学博士号との違いを中心に述べさせていただきます。

まず英国ではいわゆる論文博士というものが存在せず(十数年前に廃止になったと聞きました)、PhDを取得するためにはPostgraduate courseに一定期間所属した上で研究をしなければなりません。日本のように論文を専門誌あるいは一般誌に発表しなければならないという決まりはなく、そのかわり研究の終了と共にThesisを大学内および大学外の二人の審査員に提出します。審査員は共同研究者であってはならないという決まりがあります。Thesisの長さは研究分野にもよるもののだいたいDouble spaceで250-350ページくらいのようです。その後、その審査員二人からThesisの内容を中心にViva voce、すなわち口頭試問を受けます。ICでは日本のように公聴会の形式ではなく、審査員二人対生徒一人で、Supervisorは来ても良いが一切発言してはならないという決まりになっています。Viva voce終了後に審査員から合格、再試験、不合格という結果を通達されます。

入学への必要条件、研究期間など、年々変わりますので、私の所属した2004-2007年の話を中心に詳細を述べます。ICのPostgraduate courseは大きく、Full-timeとPart-timeに分かれます。Full-timeはPostgraduate courseにのみ専念し33-48ヶ月の間にThesisの提出を行わなければなりません。そのほとんどがPostgraduate Fellowship/Studentshipをもらっている人たちで占められます。Part-timeは他の仕事をしながら3年から6年程度の間にThesisを提出するというものです。そのほとんどがICにResearch assistant/technicianとして雇用されている人たちで、ラボの研究員としてラボの仕事をしながらPostgraduate Courseの研究を行います。私はPart-timeでした。ICではICに雇われている研究員である限り学費を払う必要はありません。

Postgraduate courseに入学するにはまずSupervisorを見つけなければなりません。通常はInterviewを経てということになりますが、私は入学しようとしたときにはすでに研究者として研究を始めていたのでそのラボのボスとそのボスであるProfessor Sir Yacoubにお願いしました。入学するためには日本の大学修了証とIELTS academic module 6.5以上を証明しなければなりませんでした。そして、Postgraduate course中に行う研究をBackground, hypothesisを中心に4ページにまとめて、学内の審査員二人に提出することが要求されました。審査員二人によりPhDにふさわしい研究であると判断され入学が許可されました。日本では入学してから研究内容を決めるということが多いようですが、英国では研究内容がはっきりしていなければ入学できません。

Postgraduate course中は研究はもちろんですが、それ以外に授業に参加しなければなりません。これはいわゆるレクチャーではなく、ワークショップのようなものがほとんどで、学会発表の仕方、論文の書き方、あるいはSupervisorとの接し方などを10人くらいの少人数でDiscussionします。また6ヶ月ごとに進行状況を大学に報告しなければなりません。その中には指導医とのDiscussionが週に何時間とかそういったことも含まれます。そして入学から12-18ヶ月の間にUpgrade examというものがあり、研究の進行具合はどうか、PhDまで辿り着くことができるかなどを審査されます。今までの研究内容とこれからの発展性を6,000字以内にまとめて前述の学内審査員二人に提出しInterviewを受けます。これに合格すれば、Postgraduate courseの続行が認められます。ただこれは最後のViva voceとは違って、研究の方向性をはっきりさせてより良い研究にするというのが目的です。私の場合はInterviewに5時間くらい(!)かかりましたが、いろいろなアドバイスを受けることができ大変有用でした。

これを終了した後はひたすら研究を行いThesisを書きます。論文の発表は前述どおり必須ではありませんが、良いアピールにはなります。私は、筆頭著者として3つの発表論文と2つの未発表論文があったので、これらすべてをThesisに織り込んで仕上げました。Thesisは、なぜこの研究が必要かというところから始まり、今までの知見から導き出されるOriginalなHypothesis、Methodの正当性、妥当性、正確な実験結果とその解釈、それから導き出される結論までを科学的に論理的に書き上げます。これが大変な苦労で、論文のコピーアンドペーストで済ませられるようなものではなく、私も執筆に結局計1年間もかかりました。結局、Backgroundに70ページ、Methodに50ページ、ResultsとDiscussionに150ページ、400程度のReferenceという内容になりました。Thesisの審査とViva voceは、ICからClinical cardiologist、King’s collegeからBasic scientistにお願いしました。Viva voceにはProfessor Sir Yacoubも忙しい身ながら来ていただきました。Viva voceでの質問は、研究内容が将来の医学に如何に貢献するか、といったものから、実験手技のきわめて細かいところ、実験結果の解釈の仕方まで多岐にわたりました。結局2-3時間で終わり無事合格することができました。

英国でのPhDはこのように日本の医学博士号とはかなり異なります。私は素晴らしい指導者に恵まれたこともあって3年程度で修了することができましたが、Thesisを書ききれずに断念する人もたくさんいましたし、Thesisを書くまでに7年かかった人もいました。Thesisを書いたにもかかわらず、Viva voceに不合格してPhDの断念を余儀なくされた人もいました。私自身にとって、英国でPhDをすることで最も有意義であったと考えるのは、ScienceおよびScientific researchがいかなるものかをある程度理解できたということだと思います。BackgroundからHypothesisへと続くIntroductionの重要性、適切なMethodの選定、実験結果をいかに理路整然と整えるか、研究を意義あるものにするためにどういうDiscussionをすべきか、など学んだことは数限りなくあります。

International English Language Test System http://www.ielts.org/ 
英国ならびにそのCommonwealthの国ではIELTSが英語力を示す基準となることが多いようです。私はPostgraduate Courseの入学、オーストラリアでの臨床のためにIELTSを数多く受験しましたので、そのコツなどを簡単に述べさせていただきます。IELTS academic moduleはListening, Reading, Writing, Speakingの4つのModuleに分かれ、それぞれで0-9点の点数がつけられ、その平均がOverallの点数とされます。7点が大体の合格の基準になることが多いようです。留学当初は、英国に住んで仕事をしておれば自然に英語が身につき点数を取れるようになるだろうと考えていたのですが、全く事情は異なりました。例え英語環境で働いていたとしても、IELTSで7点以上を取るためには、IELTS対策の勉強を徹底的にしなければならないと思います。個々について私の経験を述べます。

Listening、Readingで7点を取るには、40問中32-35問くらいの正答が必要になるようです。Listeningはすべての内容を理解できるレベルに達しないことには、コンスタントに7点以上を取ることは難しいと思います。私はBBC newsなどをダウンロードして何度も何度も聞き続けました。簡単なコツとしては、単語が答えになるときは自信がなければすべて大文字で書くことです。正答がEarthであるときは、earthと書けば間違いですが、EARTHは正解です。Readingは日本人にとっては最も簡単に点数の取れるものかもしれません。過去問などをひたすら解いて練習するのが良いと思います。過去問がなくなったら、New Scientistという雑誌を読んでみるのもよいかも知れません。IELTSより若干難しい内容のEssayが並んでいます。

Writingは2問あり、第一問が三分の一、第二問が三分の二を占めます。第二問でいい文章を書くことが重要で、たとえ第一問ですばらしい文章を書いても、第二問目で失敗すれば7点には届かないこともあるようです。ただ、私の経験では第二問は同じ問題が出題されることが多く、過去問から大体30問くらいを解いて覚えておけばだいたいどれかに似た内容の問題が出る確率が高くなると思います。IELTSの授業を受けたことのある方なら大体知っておられると思いますが、4段落に分けて、第一段落がIntroduction、第二段落がDiscussion for、第三段落がDiscussion against、第四段落がConclusionというのが一般的な書き方のようです。なお字数制限は非常に重要です。

Speakingは3つのセクションに分かれます。SpeakingはとにかくInterviewerと内容によって点数が変わり、もっともコンスタントに点数を取るのが難しいように思いました。私の場合、英国に来て1年目に受けたときが7点、3年目が6点になったりしました。日本で受験するのが良い点を取るコツだと思います。私は日本で受けた時は、それまでとったこともなかった8点でした。

私は英国滞在中、英語を学ぶこととIELTSの勉強のために英語学校にずっと通っていました。IELTSは厄介な試験ですが、何度でも受験することができます。何度だめでもへこたれず、頑張り続ける精神力(経済力も)が重要だと思います。

海外留学助成金
経済的な問題は海外研究留学ではついてまわることが多いようです。私もそうでした。海外留学助成金はそれを少しでも解決するためにも大きな助けになります。http://www.jfc.or.jp/このサイトに大多数の助成金は載っています。大半の留学助成金は留学の一年以上前に申請しなければなりませんが、私の場合は留学の話があって留学するまでに3ヶ月ほどしかありませんでしたので、留学前に申請することはできませんでした。しかし、留学中でも申請できる財団がありました。私は僥倖に恵まれて、平成18年度に上原記念生命科学財団から、平成19年度にはかなえ医歯薬振興財団から助成金をいただくことができました。申請書の書き方のコツはよくわかりません。ただ、一言一句に魂を込めて書くだけだと思います。出そうか出すまいか悩んでいる人のために、私の恩師の言葉です。「助成金は申請書を出さなければもらえない。」

英国へのVisa取得
これも年々変化しているので、英国を離れた私が書くと誤った情報を流してしまう可能性が多くあります。ただ言えることは、InternetでビザのセクションがUpdateされていないかを定期的にチェックする、最近英国に留学した人に相談する、自信のない時は専門家に相談する。それも専門家に丸任せにするのではなく、常にVisaのサイトと照らし合わせながら相談する、というくらいです。具体的には、UKに研究留学するには、Work permit、Academic visitor、HSMPのどれかのカテゴリーに入る必要があります。Work permitの中には雇用者が出してくれるもの、自分の収入を元に自分で申請するものがあります。後者は専門家に作ってもらうのが肝要です。HSMPも専門家に相談するのが肝要のようです。私は雇用者に出してもらうWork permitで、計4回も継続の申請をしその度に大変な思いをしました。

最後に
英国での滞在中、一度も手術室でメスを握ったことはありませんでした。せっかく学んだ(といってもたかだか7年弱ですが)臨床の技術、知識も随分失いました。それでも全く後悔はありません。西洋文化に直接触れそれを楽しむことができました。日本から離れることによって日本の良い面を多く知ることができました。基礎研究、PhDを通じてScienceの面白さがわかりました。Professor Sir Magdi Yacoubという歴史に残る偉大な心臓外科医に4年間直接指導してもらい、理想の外科医像というのが見えてきました。英国での研究留学は多くのことを私に教えてくれた貴重な経験でした。